怒りが収まらない。
嫌なことがあると、いつまでも引きずってしまう。
頭では「もう考えても仕方ない」と分かっているのに、不安やモヤモヤが止まらない。
そんな時、自分は「感情に振り回されやすいのではないか」と感じる人もいるでしょう。
心理学には、このような感情との関わりを考える「感情調整」という概念があります。
この記事では、感情調整とは何か、感情抑圧や反芻思考などの似た概念との違い、感情に振り回される時に何が起きているのかについて解説していきます。
Contents
感情調整とは?その定義を解説
感情調整とは、自分や他者の感情に働きかける心のプロセスを指す心理学の概念です。
英語ではエモーション・レギュレーション(emotion regulation)と呼ばれ、日本語では「感情調節」「感情制御」と訳されることもあります。
私たちは、何か出来事が起きた時に、ただ感情が湧くままに反応しているわけではありません。
「今はこの場を離れよう」
「もしかすると、相手にも事情があったのかもしれない」
「腹は立っているけれど、そのまま言葉にするのはやめておこう」
このように、状況を変えたり、注意を向ける先を変えたり、出来事の捉え方を変えたり、感情が湧いた後の行動を調整したりしています。
こうした一連の働きが、感情調整です。
そのため、感情調整は「怒らないこと」や「悲しまないこと」を意味するものではありません。
怒りや悲しみ、不安などの感情が生まれたあとに、それをどう扱うかも感情調整に含まれます。
反対に、楽しい気持ちを長く味わったり、やる気を高めたりするような働きも感情調整の一部です。
感情をなくすのではなく、自分が置かれている状況や目的に合わせながら、感情との関わり方を変えていく広い概念だと考えると分かりやすいでしょう。
感情調整では何を調整しているのか
感情は、突然どこからともなく現れるものではありません。
ある状況に出会い、そこへ注意が向き、その出来事を自分なりに受け取り、それに応じて心や体、行動に反応が起こります。
感情調整も、この一連の流れのさまざまな場所で起こります。
ここからは、私たちが感情に働きかけているポイントを4つの視点から見ていきましょう。
1. 状況|感情が動く場面を選び変える
感情が大きく動く前に、置かれている状況そのものを選んだり変えたりすることがあります。
たとえば
- 疲れている日に無理な予定を詰め込まない
- 苦手な人と話す必要がある時は、落ち着いて話せる場所を選ぶ
- 気持ちが沈んでいる時に、一人で考え続けるのではなく誰かと話す
これらも、感情が生まれる状況に働きかける感情調整です。
感情というと「湧いてきた後にどうするか」を考えがちですが、実際には、その感情が起こりやすい状況を作る前から調整は始まっています。
たとえば、仕事で余裕がなくなっている時に予定をさらに詰め込めば、普段なら流せる一言にも強くイライラするかもしれません。
反対に、少し休む時間を取ったり、人との距離を調整したりすることで、同じ出来事に対する反応が変わることもあります。
自分の感情だけを何とかしようとするのではなく、「今どんな状況に置かれているのか」を見ることも感情との付き合い方の一つです。
2. 注意|意識を向ける先を切り替える
私たちが何に注意を向けているかによっても、感情の強さは変わります。
失敗したことばかり考えていれば、落ち込みは続きやすくなります。
相手の冷たい表情だけを何度も思い出していれば、不安や怒りも強くなりやすいでしょう。
そんな時、少し別のことに注意を向けることも感情調整の一つです。
- 散歩をする
- 目の前の仕事に集中する
- 音楽を聴く
- 誰かと全く別の話をする
こうした行動によって、頭の中を占めていた出来事から一度注意を離すことができます。
もちろん、気になることから目をそらせば何でも解決するわけではありません。
あとで向き合う必要がある問題もあります。
それでも、感情が強くなりすぎている時に、ずっと同じことだけを考え続ける必要はありません。
いったん注意を別の場所へ移すことで、感情の強さが少し変わり、そのあと落ち着いて考えられることもあります。
3. 認知|出来事の受け取り方を見直す
同じ出来事でも、どう受け取るかによって生まれる感情は変わります。
たとえば、友人に送ったメッセージへなかなか返信が来ない時、
「嫌われたのかもしれない」
と思えば、不安になるでしょう。
一方で、
「忙しくてまだ見ていないのかもしれない」
と考えれば、同じ状況でも感じ方は変わります。
このように、出来事の意味や捉え方を変えることで感情に働きかける方法は、心理学では認知的再評価と呼ばれます。
ここで大切なのは、無理に前向きな解釈を作ることではありません。
腹が立っているのに「ありがたい経験だった」と思い込んだり、傷ついているのに「気にしない」と言い聞かせたりすることとは少し違います。
一つの解釈だけに固まっている時に、
- ほかの見方はないだろうか
- 自分が今考えていることは事実なのだろうか
と視点を広げてみることです。
出来事そのものは変わらなくても、意味づけが変わることで感情の動き方が変わることがあります。
4. 反応|感情の表し方と行動を調整する
感情がすでに強く湧いている時には、その感情をどう表すか、どんな行動を取るかを調整することもできます。
- 腹が立って今すぐ言い返したいけれど、その場では一度黙る
- 不安で頭がいっぱいになっている時に、ゆっくり呼吸する
- 悲しい時に、一人になれる場所で泣く
- 気持ちが落ち着いてから、相手に自分が感じたことを伝える
怒りや不安そのものを瞬時になくせなくても、その感情に押されるまま行動するかどうかは別の問題です。
「腹が立っている」と感じることと、「怒鳴る」という行動は同じではありません。
「不安を感じている」ことと、「何度も確認し続ける」という行動も同じではありません。
感情があることを認識したうえで、そのあと何をするかを選ぶことも感情調整に含まれます。
感情調整と似た概念の違い
感情について調べていると、感情抑圧、感情抑制、回避、反芻思考、認知の歪みなど、よく似た言葉が出てきます。
これらは感情調整と関係していますが、同じものではありません。
違いが分かると、自分の中で何が起きているのかも整理しやすくなります。
ここでは5つの概念との違いを見ていきましょう。
1. 感情抑圧|感情に気づきにくくなる働き
感情抑圧は、つらい感情や受け入れにくい体験などが意識から遠ざけられる働きを指します。
もともとは精神分析の中で使われてきた概念で、本人が意識して「この感情を抑えよう」としているとは限りません。
たとえば、本当は腹が立っているのに、自分では怒っていることに気づかない。
傷ついた出来事だったはずなのに、「別に何とも思っていない」と感じる。
感情そのものが、自分の意識に上がりにくくなっている状態です。
一方、感情調整はもっと広い概念です。
自分が感じていることに気づいたうえで、その感情をどう扱うかも含まれます。
そのため、感情抑圧は感情調整と言い換えられるものではありません。
長いあいだ感情を我慢することが続き、「自分が何を感じているのか分からない」と感じる場合は、感情抑圧の記事もあわせて読むと、自分の状態を整理しやすくなるでしょう。
2. 感情抑制|感情の表現や反応を意識的に抑える
感情抑制は、感情やその表現を意識的に抑えることを指します。
- 会議中に腹が立っても表情には出さない
- 泣きそうになっても、人前では涙をこらえる
- 言い返したい気持ちがあっても、その場では黙っておく
本人が感情に気づいていて、その表現や行動を抑えている点が感情抑圧との違いです。
感情抑制は、感情調整の中で使われる方法の一つでもあります。
仕事中や大切な話し合いの場など、その場ですぐに感情を表さない方がよいこともあるでしょう。
ただ、感情調整には抑えること以外にも、状況を変える、注意を切り替える、捉え方を見直す、適切な形で気持ちを伝えるなど、さまざまな方法があります。
つまり、感情調整のすべてが「我慢」なのではなく、抑制は数ある方法の一つです。
3. 回避|感情を呼ぶ状況や体験から距離を取る
回避は、不快な感情や考え、記憶などに触れないように距離を取ろうとすることです。
- 嫌なことを考えないように予定を詰め込む
- 不安になる場所へ近づかない
- 傷つくのが怖くて、人との関係そのものを避ける
- 思い出したくないことが浮かぶと、すぐ別のことをして忘れようとする
このような行動は、その瞬間のつらさを小さくしてくれることがあります。
そのため、回避も感情を動かす働きを持っています。
ただし、「少し距離を置くこと」と「感じたくないものから何でも逃げ続けること」は同じではありません。
いったん離れたことで落ち着いて向き合える場合もあれば、避け続けることで苦手な状況が増えていく場合もあります。
感情調整では、一つの方法だけを見るのではなく、その時の状況や目的に合わせてどう対応しているかを考えます。
4. 反芻思考|考え続けることで感情が長引く
反芻思考とは、嫌だった出来事や自分の気持ちについて、同じことを繰り返し考え続ける状態です。
「あの人はどうしてあんなことを言ったんだろう」
「私の言い方が悪かったのかな」
「あの時こう言えばよかった」
「やっぱり嫌われているのかもしれない」
このような思考が何度も頭の中を回ります。
考えること自体が悪いわけではありません。
出来事を振り返ることで整理できたり、次にどうするかが見えてきたりすることもあります。
しかし、同じ問いを何度繰り返しても答えが出ず、そのたびに怒りや悲しみ、不安を感じ直しているなら、考えることそのものが感情を長引かせている可能性があります。
反芻思考は、感情そのものではなく「考え続ける」という認知的な反応パターンです。
感情調整という大きな枠から見ると、考え続けることで感情がどう変化しているのかを見ることができます。
同じ出来事を何度も思い返してしまう場合は、反芻思考について知ることで、感情とは別の部分から自分の状態を理解できるでしょう。
5. 認知の歪み|偏った受け取り方が感情に影響する
認知の歪みとは、出来事を受け取る時の考え方に偏りが生じている状態です。
一度失敗しただけで、
「私は何をやってもダメだ」
と考える。
相手の返信が遅いだけで、
「嫌われたに違いない」
と思う。
少し注意されただけで、
「全部否定された」
と感じる。
こうした受け取り方によって、不安や怒り、落ち込みが強くなることがあります。
認知の歪みは「どのように出来事を解釈しているか」に関する概念です。
一方、感情調整は、その解釈も含め、状況、注意、感情の表現、行動など、より広い範囲を扱います。
感情調整の方法の一つである認知的再評価では、今の受け取り方以外の見方を探すことがあります。
そのため両者は関係していますが、認知の歪みそのものが感情調整なのではありません。
「どうしてこんなに不安になるんだろう」と感じる時は、感情だけを見るのではなく、その直前に自分が何を考えていたのかを見ることで、認知の歪みに気づくことがあります。
感情に振り回されるとき何が起きている?
「感情に振り回される」と感じる場面は、人によってさまざまです。
- 腹が立つと強い言葉が出てしまう
- 不安やモヤモヤがなかなか収まらない
- 嫌なことを何度も考えているうちに、ますます気持ちが強くなる
- 頭では終わったことだと分かっているのに、気持ちを切り替えて次の行動に戻れない
こうした悩みは、どれも感情調整という視点から見ることができます。
ただし、同じ「感情に振り回される」という感覚でも、起きていることは同じではありません。
感情が強くなったあとの反応を止めにくいのか、感情そのものが長く残るのか、考え続けることで感情が強まっているのか。
自分がどこで困っているのかによって、感情との付き合い方も変わってきます。
「感情調整ができるかできないか」と一括りにするよりも、自分の中でどんな流れが起きているのかを見ることが、自分の場合を理解する手がかりになります。
感情を消すより付き合い方を調整する
この記事では、感情調整とは何か、感情抑圧や感情抑制、回避、反芻思考、認知の歪みとの違い、そして感情に振り回される時に何が起きているのかについて解説してきました。
「感情調整」という言葉だけを見ると、感情を自分の思い通りにコントロールしたり、うまく抑えたりすることを想像する人もいるかもしれません。
けれど、感情調整は、感情を支配するというよりも、感情との付き合い方を円滑にしていくことと捉えた方が分かりやすいでしょう。
出てきた感情を無理に押し込めたり、感じていないことにしたりするのではなく、
「私は今、何を感じているんだろう」
「この気持ちをどう扱えばいいだろう」
と、自分の中に生まれた感情を受け止めながら、その時の状況に合わせて折り合いをつけていく。
平たく言えば、感情と少しずつ仲良くなっていくようなものです。
怒りや不安、悲しさをなくすのではなく、それらが出てきた時に、ただ振り回されるだけでも、無視するだけでもなく、自分なりにやり取りできるようになる。
そう考えると、感情調整は「感情をコントロールする技術」というより、自分と自分の感情とのコミュニケーションを円滑にしていくための力と捉えることもできます。