人と比べたときに「私の方が劣っている」と落ち込んだり、誰かの活躍を見て急に自信をなくしたりしたことは、多くの人が経験しているでしょう。
そんなときによく使われるのが「劣等感」という言葉です。
この記事では、劣等感とは何かを心理学の考え方から整理しながら、何との比較から生まれるのか、似た概念とは何が違うのか、そして自分の劣等感をどう読み解けばいいのかについて解説していきます。
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劣等感とは?その定義を解説
劣等感とは、自分が他者や何らかの基準と比べて劣っている、あるいは自分には何かが足りないと感じる感覚を指します。
たとえば、仕事ができる同僚を見て「自分は能力が低い」と感じたり、容姿や収入、学歴、恋愛、結婚などを比べて「自分の方が劣っている」と感じたりする感覚のことです。
これらは一般語としての劣等感の意味ですが、心理学の世界ではもう少し広い意味合いで「劣等感」という概念を扱っています。
劣等感を重要な概念として扱った人物として、オーストリアの医師・心理学者アルフレッド・アドラー(Alfred Adler、1870–1937)が知られていますが、アドラー心理学における劣等感は、単に「他人より劣っている」と感じることだけではなく、現在の自分と、自分が望む状態との間にある差から生まれる感覚まで含みます。
そのため劣等感は、「誰かと比べて負けていると感じる気持ち」だけではなく、「今の自分では足りない」「もっとこうなりたい」という自己評価の中でも生まれるものとして捉えることができます。
劣等感は何との比較から生まれる?
劣等感が生まれる背景には、自分と何かを比べる心の動きがあります。
比較する相手は他人だけではありません。
理想の自分や、周囲から身につけた「こうあるべき」という基準と今の自分を比べることで、劣等感が生まれることもあります。
ここでは、劣等感につながる3つの比較について見ていきましょう。
1. 他者との比較
1つ目は、他者との比較です。
心理学では、自分の能力や状況を他者と比べながら評価することを「社会的比較」と呼びます。
たとえば、同年代の友人が仕事で成功しているのを見て、
「私は何も成し遂げていない」
と感じることがあります。
結婚した友人を見て、
「私はまだ結婚できていない」
と感じることもあるでしょう。
このとき比べているのは、相手そのものというより、仕事や収入、容姿、恋愛、結婚などの特定の部分です。
そこで「相手にはあるのに自分にはない」「相手にはできるのに自分にはできない」と感じると、自分の方が劣っているという感覚につながります。
人と比べたときに生まれる嫉妬や羨ましさについては、「他人と比べて嫉妬する心理|嫉妬で伸びる人・人を引きずり下ろす人の違い」でも詳しく解説しています。
2. 理想の自分との比較
2つ目は、理想の自分との比較です。
劣等感は、他人と比べたときだけに生まれるものではありません。
自分の中にある「こうなりたい自分」と今の自分を比べたときにも、足りなさを感じることがあります。
たとえば、
- もっと仕事ができる自分でいたかった
- この年齢ならもっと人生が安定していると思っていた
- もっと堂々と人と話せる自分になりたい
といった理想があるとします。
すると比較しているのは他人ではなく、自分が思い描いている理想の自分です。
理想と現在の自分との間に大きな差を感じるほど、「今の自分では足りない」という感覚につながりやすくなります。
3. 周囲の期待や基準との比較
3つ目は、周囲の期待や基準との比較です。
私たちは、家族や学校、職場、友人関係、社会の価値観などに触れながら、さまざまな基準を身につけていきます。
たとえば、
- 30代なら結婚しているもの
- 母親なら子どもを優先するもの
- 社会人なら仕事ができて当然
といった基準です。
こうした基準と今の自分を比べたときに、「自分はできていない」「自分は足りない」と感じることで、劣等感につながることがあります。
また、こうした基準は、今誰かから直接求められているものとは限りません。
過去に受けた期待や社会の価値観が、自分自身の中に「こうでなければいけない」という基準として残っていることもあります。
劣等感と近い概念の違い
劣等感について考えていると、自己肯定感や自己価値、自己否定、嫉妬、コンプレックスなど、似た言葉がいくつも出てきます。
これらは互いに影響し合うことはありますが、それぞれ見ている心の働きが異なります。
ここでは、劣等感と混同しやすい5つの概念との違いを整理していきましょう。
1. 自己肯定感と自己価値
1つ目は、自己肯定感や自己価値との違いです。
劣等感は、何かと比べたときに「自分の方が劣っている」「自分には足りないものがある」と感じる感覚です。
それに対して自己肯定感は、自分自身をどの程度肯定的に受け止められているかに関わります。
自己価値は、「自分には価値がある」と感じられる感覚に関わるものです。
たとえば、
「同僚より仕事が遅い」
と感じるのは、仕事の能力を比べたときに生まれる劣等感です。
そこから、
「こんな自分はダメだ」
と自分そのものへの評価まで下がれば、自己肯定感にも影響します。
さらに、
「仕事ができない自分には価値がない」
と感じるようになれば、能力や成果と自己価値が結びついている状態です。
つまり、劣等感は比較によって生まれる「差」の感覚であり、その差を自分全体の評価や価値にまで広げると、自己肯定感や自己価値にも影響していきます。
自己肯定感については「自己肯定感が低いのはなぜ?原因・特徴・高め方を解説」、自己価値については「自己価値とは?意味と低くなる理由から自分の価値の捉え方まで解説」で詳しく解説しています。
2. 自己受容と自己否定
2つ目は、自己受容と自己否定との違いです。
自己受容とは、自分の長所だけでなく、苦手なことやできないことも含めて、今の自分をそのまま認識し受け止めることです。
劣等感によって「自分はこの人より劣っている」と感じても、その差を受け止められていれば、自分そのものまで否定するとは限りません。
たとえば、
「私はこの人より経験が少ない」
と感じることと、
「経験が少ない私はダメな人間だ」
と感じることには違いがあります。
前者は、自分と相手の差を認識している状態です。
そこから「こんな自分ではダメだ」と自分全体を否定するようになると、自己否定へと広がっていきます。
つまり、劣等感は「自分の方が劣っている」という差の感覚であり、自己受容や自己否定は、その差を感じた自分をどのように受け止めるかに関わります。
自己受容そのものについては、「自己受容とは?」の記事で詳しく解説しています。
また、劣等感から「自分が嫌い」「自分そのものを認められない」という感覚まで強くなっている場合は、「自分が嫌い…人といると自己嫌悪が強くなる原因と向き合い方」も参考になります。
3. 嫉妬と比較
3つ目は、嫉妬と比較との違いです。
比較は、自分と相手や何らかの基準を照らし合わせる心のプロセスです。
一方、羨望に近いエンヴィー(envy)は、相手が持っているものや能力、成果などを自分も欲しいと感じることで生まれる感情として説明されています。
たとえば、友人の仕事がうまくいっているのを見たときに、
「私より成功している」
と自分との位置の差を感じるのが比較です。
そこから、
「私もあんな仕事がしたい」
「どうしてあの人だけ評価されるんだろう」
という感情が生まれることがあります。
その比較によって「自分の方が劣っている」と自己評価が下がれば、劣等感も生まれます。
つまり、比較は劣等感や嫉妬が生まれるきっかけになり得ますが、比較そのものが劣等感や嫉妬なのではありません。
4. コンプレックス
4つ目は、コンプレックスとの違いです。
日本語では「身長がコンプレックス」「学歴にコンプレックスがある」のように、自分が気にしている欠点や劣等感という意味で使われることがあります。
しかし心理学でいうコンプレックス(complex)は、もともと感情的に結びついた考えや衝動などのまとまりを指す、より広い概念です。
その中の1つが、アドラーが提唱した劣等コンプレックスです。
アメリカ心理学会の心理学辞典では、劣等コンプレックスは、現実または本人がそう認識している身体的・心理的な不足から生まれる強い不十分感や不安定さとして説明されています。
そのため、日常的に「私はあの人より苦手だな」と劣等感を感じることと、劣等コンプレックスを持っていることは同じではありません。
5. 完璧主義
5つ目は、完璧主義との違いです。
完璧主義は、自分や他者に対して高い基準を求め、その基準を満たそうとする心の傾向です。
劣等感が「何かと比べて自分が足りないと感じること」だとすれば、完璧主義は「どこまでできれば十分なのか」という基準を高く持ちやすいことに特徴があります。
たとえば、仕事で十分な成果を出していても、
「もっとできなければいけない」
「これくらいではまだ足りない」
と感じていれば、理想と現在の自分との間に差が生まれ続けます。
その差から劣等感を感じることはありますが、完璧主義そのものが劣等感というわけではありません。
完璧主義の意味や特徴、なぜ基準を下げることが難しくなるのかについては、「完璧主義とは?」の記事で詳しく解説しています。
劣等感は行動をどう変える?
劣等感を感じたあとに、その差を埋めるために努力しようと思うこともあれば、反対に「自分には無理だ」と諦めたり、自分を守るための行動へ向かったりすることもあります。
ここからは、劣等感が行動に影響するときの代表的な3つの方向を見ていきましょう。
1. 改善へ向かう力になる
1つ目は、自分を改善しようとする方向への動きです。
自分より能力が高い人を見たときに、
「自分もあそこまでできるようになりたい」
と感じれば、その差は目標になります。
社会的比較の研究でも、自分より上にいる相手との比較が自己改善への動機を高める場合があることが確認されています。
たとえば、仕事のできる先輩を見て悔しさを感じたことで勉強を始めたり、憧れている人を見たことで新しい行動を始めたりすることがあります。
この場合、劣等感を感じたこと自体が直接成長を生むわけではありません。
「差がある」という認識を、「自分にも近づけるかもしれない」という行動へ変えられたときに、改善への力として働きます。
2. 差が大きいと諦めにつながる
2つ目は、差が大きく感じられることで諦める方向への動きです。
自分より上にいる人を見ると努力したくなることがありますが、その差があまりにも大きく見えると、反対の反応が起きることがあります。
日常生活の5,400件以上の社会的比較を調べた研究では、自分より上の相手との差がある程度まで大きくなるにつれて努力しようとする動機は高まりましたが、差が極端に大きくなると努力が減り、諦める方向が強くなるという結果が報告されています。
つまり、
「あの人くらいなら頑張れば近づけそう」
と思う場合と、
「あの人と私は世界が違う」
と思う場合では、同じ上方比較でも行動が変わります。
また、自分で変えられるという感覚があるか、その領域を自分がどの程度重要だと思っているかによっても、比較後の動機づけは変わります。
劣等感が強くなったときに「もっと頑張らなければ」と考えるだけではなく、自分がその差をどのくらい大きく見積もっているのかを見ることも重要です。
3. 萎縮や過剰な補償につながる
3つ目は、萎縮したり、反対に自分を大きく見せようとしたりする動きです。
「自分は劣っている」という感覚が強いと、比較されそうな場面そのものを避けることがあります。
- 人前で発言しない
- 挑戦しない
- できる人の近くに行かない
そのようにして、これ以上自分の劣っている部分を感じなくて済むようにするわけです。
一方で、アドラー心理学に由来する劣等コンプレックスの説明では、強い不十分感が引っ込み思案や萎縮として現れる場合だけでなく、過剰な競争や攻撃性などの補償行動として現れる場合もあるとされています。
ただし、これは劣等感を持つ人が必ずそのような行動を取るという意味ではありません。
日常的な劣等感と、強い劣等コンプレックスを同じものとして扱わないことが大切です。
劣等感がつらいときに見直したいこと
劣等感が苦しくなっているときには、すぐに「劣等感をなくそう」とする前に、自分の中でどんな比較が起きているのかを整理すると見え方が変わることがあります。
劣等感という1つの言葉の中に、他者との比較、理想との差、自分の価値への評価などが混ざっている場合があるからです。
ここからは、自分の劣等感を読み解くための3つの視点を見ていきましょう。
1. 誰と何を比べているかを分ける
1つ目は、誰と何を比べているのかを分けることです。
「人と比べて落ち込む」と感じていても、実際にはその人のすべてと自分を比べているわけではありません。
- 仕事なのか
- 容姿なのか
- 収入なのか
- 恋愛なのか
- 人からの評価なのか
自分が強く反応する領域を具体的にすると、劣等感の輪郭が見えやすくなります。
たとえば、
「友人を見ると劣等感がある」
という状態から、
「友人が仕事で評価されているのを見ると、自分は何も成し遂げていないように感じる」
まで分けられると、自分が反応しているのは友人そのものではなく、「仕事で評価されること」だとわかります。
こうした自分の感情や考えを整理する方法については、「自己対話とは?『本音がわからない』を解消するメンタルスキル」でも詳しく解説しています。
2. 劣っている点と自分の価値を分ける
2つ目は、劣っていると感じる部分と、自分全体の価値を分けることです。
比較した結果として、実際に相手より自分の能力や経験が低いこともあります。
自分より仕事の速い人もいれば、自分より知識の多い人もいます。
問題が大きくなりやすいのは、
「私はこの人より仕事が遅い」
という個別の評価から、
「だから私は価値がない」
という自分全体への評価まで一気に広がったときです。
能力や結果についての評価と、人間としての自己価値は同じものではありません。
自分にとって重要な領域へ自己価値を強く預けているほど、その領域での失敗や比較が自分全体の評価まで揺らしやすくなることが研究でも指摘されています。
比較するとすぐに「自分はダメだ」と感じる場合には、「自分に自信をつける方法|今日からできる実践と本質的アプローチ」も近いテーマになります。
3. 比較の奥にある基準を確かめる
3つ目は、自分が使っている比較基準を確かめることです。
劣等感を感じるときには、
「私は足りない」
という結論だけが意識に上がりやすくなります。
けれど、その前には必ず、
- 本当はこのくらいできるべき
- この年齢ならこうなっているべき
- こういう人なら価値がある
といった基準があります。
そこで、
「私は何を基準に、自分を劣っていると判断したのだろう」
と考えてみます。
その基準が自分の望みから生まれたものなら、「本当はここへ近づきたい」という方向が見えてくるかもしれません。
反対に、家族や周囲、社会から受け取った基準であれば、「私は本当にそこを目指したいのか」と考え直す余地があります。
劣等感を見ることは、自分の欠点だけを見ることではありません。
自分が何を重要だと思い、どんな基準で自分を評価しているのかを知る手がかりにもなります。
劣等感を自分の比較軸から読み解く
この記事では、劣等感の意味、何との比較から生まれるのか、近い心理概念との違い、行動への影響、そして劣等感がつらいときに見直したいことについて解説してきました。
劣等感という言葉だけを見ると、「自分より優れている人を見て落ち込むこと」のように感じやすいですが、実際には、他者だけでなく、理想の自分や周囲から取り込んだ基準との比較によって、「今の自分では足りない」と感じていることもあります。
そして、その差を「もっと近づきたい」と受け取るのか、「自分には無理だ」と受け取るのか、「こんな自分には価値がない」と自分全体へ広げるのかによって、その後の苦しさや行動も変わっていきます。
劣等感が気になったときには、まず「劣等感をなくすにはどうすればいいか」だけを考えるのではなく、自分は誰と何を比べ、どんな基準から自分を劣っていると判断しているのかを見てみてください。
そこを分けていくことで、「私は劣っている」という大きな感覚の中に隠れていた、自分自身の比較軸が少しずつ見えてきます。