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古い人生が終わり、新しい人生がまだ始まらないとき
今までの自分が、自分ではないように感じる。
何を大切にして生きてきたのかも、これから何を目指せばいいのかも、わからなくなる。
第8回の『人生の後半に始まる「これじゃない」の理由|ユング心理学から見るミッドライフ』では、人生の前半から後半へ移っていくなかで、それまで自分を支えてきた生き方に「これじゃない」という違和感が生まれることを見てきました。
今回扱う「夜の航海」は、その違和感がさらに深まったところにあります。
- そもそも私は誰なのか
- これまで自分だと思っていたものは、何だったのか
- この先、何を頼りに生きていけばいいのか
価値観や役割だけでなく、「私はこういう人間だ」という自分の輪郭までわからなくなっていく。
古い人生には戻れない。けれど、次にどこへ向かえばいいのかも見えない。
そんなとき、人は「人生そのものが暗闇に入ってしまった」感覚に襲われます。
ユングは、こうした心理的な下降と変容を、神話に描かれる「夜の航海」というイメージに重ねて読み解きました。
ユング心理学の「夜の航海」とは何か
では、そもそもユング心理学でいう「夜の航海」とは、何なのでしょうか。
「夜の航海」は、もともと神話に繰り返し現れる物語の型です。
太陽や英雄が怪物に呑み込まれ、それまでいた世界から切り離される。暗い海や怪物の内部を進み、そこで危険や戦いを経験したあと、再び外の世界へ戻ってくる。
ドイツの民族学者レオ・フロベニウス(Leo Frobenius、1873–1938)がこうした神話を「夜の航海」として整理し、ユングはその物語を、人の心に起こる変化と重ねて読み解きました。
現代の物語にたとえるなら、少年漫画のバトルファンタジーに出てくる展開を思い浮かべると、少しわかりやすいかもしれません。
主人公が、それまで暮らしていた日常から切り離される。
今までの力や常識が通用しない世界へ入り、敗北したり、迷ったり、何かを失ったりしながら試練をくぐる。
そこで、それまで知らなかった自分の力や仲間、あるいは新しい生き方に出会い、以前とは違う自分になって、もう一度もとの世界へ戻ってくる。
少年漫画では派手な冒険や戦いとして描かれますが、ユングが見ていたのは、人の心の内側でも起こる同じような変容でした。
ユングの著作『変容の象徴』では、外の世界へ向かっていた心的エネルギーが内側へ向かい、無意識へ下降していくことが、英雄が怪物に呑み込まれたり、暗い内部へ入っていったりする神話と重ねて論じられています。
さらに『心理学と錬金術』でも、暗い海の底や地下世界への下降が、無意識の深い領域へ降りていくことと重ねられています。
つまり「夜の航海」とは、神話の中だけにある冒険物語ではありません。
それまでの自分が通用しなくなり、意識の光が届かない心の深い領域へと入っていく。
ユングは、その過程で起こる大きな心理的変容を、「夜の航海」という神話のイメージを通して読み解いたのです。
なぜ心は暗闇へ向かうのか
ではなぜ、私たちの心は、わざわざ暗い場所へ向かっていくのでしょうか。
前の章で見た英雄神話では、主人公は暗い世界へ降り、そこで試練を経験したあと、「得がたい宝」や新しい力を手にして戻ってきます。
ユングがこの物語に見たのも、ただ苦しむための下降ではありませんでした。
私たちは普段、外の世界に適応しながら生きています。
仕事をし、人との関係を築き、目標を持ち、社会の中で役割を果たす。そのなかで、「私はこういう人間だ」という自分の形も作られていきます。
けれど、人生のある時期になると、それまで自分を動かしていた目標や価値観が、以前ほど働かなくなることがあります。
- もっと成果を出す
- もっと評価される
- もっと何かを手に入れる
これまでと同じように外へ向かって進もうとしても、なぜか心がついてこない。
ユングが神話の「下降」の中に見たのは、単なる後退ではなく、それまで外の世界へ向けられていた心的エネルギーが、内側へ向きを変えていく動きでした。
意識の上では、暗闇へ行きたいわけではありません。
できることなら、早く元の自分に戻りたい。もう一度前向きになりたい。次の目標を見つけたい。
それでも、外側に答えを探してもどうにもならなくなると、心はそれまで意識してこなかった領域へ向かい始めます。
そこには、
- 避けてきた感情
- 誰かに投影してきた自分の一部
- 「自分には似合わない」と遠ざけてきた性質
- これまでの価値観では拾えなかった欲求や可能性
など、自我が「これが私だ」と考えてきた範囲の外側にあるものがあります。
英雄が暗い世界へ降りて「宝」を持ち帰るように、心理的な夜の航海でも、これまでの自分には見えていなかったものとの出会いが起こります。
そのため暗闇へ向かうことは、必ずしも人生が悪い方向へ進んでいることを意味しません。
それまで光を当ててこなかった心の領域へ入り、これまでの生き方には含まれていなかったものを、自分の人生へ取り戻していく。
ユングは、そのような下降を、変容へ向かう心の重要な動きとして捉えました。
夜の航海はどんな物語なのか
では、「夜の航海」はどのような物語なのでしょうか。
夜の航海は、一つの決まった物語のタイトルではなく、さまざまな神話の中に繰り返し現れる、いわば「典型的な物語のシナリオ」のようなものです。
物語によって登場人物や舞台は違いますが、英雄がそれまでいた世界から切り離され、暗い場所へ入り、そこで試練を経験し、以前とは違う状態で再び外の世界へ戻ってくる、という大きな流れが繰り返し現れます。
ユングが「夜の航海には4つの段階がある」と理論化したわけではありませんが、ここでは物語の流れと、その心理的な意味をつかみやすくするために、4つの場面に分けて見ていきます。
1. 怪物に呑み込まれる|それまでの世界から切り離される
夜の航海の典型的な物語は、英雄や太陽が巨大な怪物に呑み込まれ、それまでいた世界から突然切り離されるところから始まります。
英雄が自ら旅行の計画を立てて、颯爽と冒険へ出発するところから始まるわけではありません。
自分の意思では簡単に戻れない場所へ、いわば「連れていかれてしまう」のです。
ユングは、この怪物に呑み込まれる場面を、外の世界へ向けられていた心の動きが引き戻され、それまでの意識の世界から切り離されていくことと重ねて読みました。
人生に戻して捉えると、それまで自分を支えていた価値観や役割が、突然以前のようには機能しなくなる感覚と重なります。
何か大きな出来事によって始まることもあれば、外側では何も変わっていないのに、自分の内側だけでそれまでの生き方が成り立たなくなることもあります。
2. 暗い内部を進む|無意識の世界へ降りていく
そして物語は、怪物に呑み込まれた英雄が、その暗い内部を進んでいく場面に移ります。
神話によっては、それが怪物の腹であったり、海の底、洞窟、地下世界であったりします。
そこは、それまで英雄が暮らしていた明るい世界とはまったく違う場所です。
ユング心理学では、このような海の底や洞窟、地下への下降は、意識から遠い無意識の領域へ入っていくことと重ねて読まれます。
そこでは、それまで使っていた常識や判断基準だけでは進むことができません。
人生の中でも、
- なぜ今まで欲しかったものが、急に欲しくなくなったのか
- なぜ自分がこんなことを感じているのか
- これから何を選べばいいのか
と考えても、頭だけでは答えが出ない時期があります。
夜の航海でいう「暗さ」は、何も存在しないという意味ではなく、まだ意識の光が届いていないために、そこに何があるのか自分でも見えていない混乱の状態ともいえます。
3. 暗闇の中で試練を受ける|これまでの自分が揺さぶられる
そして物語はさらに進み、英雄は連れて行かれた先の暗い世界で怪物と戦ったり、危険に遭遇したり、さまざまな試練を経験します。
ユングは、こうした英雄の戦いや危険を、無意識へ入っていくときに自我が経験する葛藤とも重ねて考えました。
これまで自分だと思っていたものが揺らぎ、自分の中にあるとは思っていなかった感情や性質が現れてくる中で、シャドウやアニマ/アニムスなど、これまで自我の外側にあったものと出会っていくことになります。
これについては、次の章で詳しく見ていきます。
これまでの自分の在り方と、それだけでは収まりきらなくなった心の間で、さまざまな葛藤が起こる場所とも言えるでしょう。
そして英雄神話では、そうした危険な場所の奥に、「得がたい宝」があると語られてきました。
4. 再び地上へ戻る|以前とは違う自分として生き直す
そして最後の場面へと移り、夜の航海の英雄は怪物の内部を通り抜け、やがてそこから脱出し、再び外の世界へ戻ってきます。
フロベニウスが整理した典型的な夜の航海では、怪物に呑み込まれた英雄がその腹の中を進み、最後には怪物を切り開いて外へ出てきます。
ユングは、この「外へ戻る」というモチーフを、心理的な死と再生のイメージとして読みました。
ここでいう死とは、実際の死ではなく、それまでの自分の在り方がそのままでは続かなくなることです。
ただ、この場合の「再生」とは、すべてが元通りになり、以前の自分へ戻ることではありません。
暗闇の中で、それまで知らなかったものと出会い、何かを持ち帰った自分として、もう一度現実の世界へ戻ってくる。
つまり、「以前とは違う自分として、人生の次の章を生き始める」というニュアンスが強くなります。
夜の航海は、意図せずとも暗闇を通ったことで、以前とは違う自分として、もう一度世界との関係を結び直していく物語なのです。
夜の航海で何と出会うのか
ここまで、夜の航海がどのように始まり、暗闇の中で試練を経験し、再び外の世界へ戻っていくのかを見てきました。
では、その暗闇の中で待っている「試練」とは、具体的に何なのでしょうか。
ユング心理学から見ると、そこで出会うのは、わかりやすい敵や悪役、倒さなければならないボスキャラのような存在ではありません。
暗闇の中で向き合うことになるのは、むしろ、それまでの人生で「これは私ではない」と切り離してきた、自分自身です。
見たくなかった感情、認められなかった性質、誰かの中に映し出していた自分でも知らなかった自分。
このシリーズで見てきたシャドウやアニマ/アニムス、そしてさまざまな元型的なイメージも、夜の航海という物語の中では、暗闇で出会う「登場人物」のように捉えることができます。
ではさらに具体的に3つの代表例をご紹介します。
1. シャドウ|切り離してきた自分と出会う
夜の航海の暗闇で出会うものの一つが、シャドウです。
シャドウとは、「これは私ではない」と自分から切り離してきた感情や性質のことでした。
夜の航海では、それまで意識の外に置いていたものが、再び前に現れてくることがあります。
自分でも認めたくなかった怒りや弱さ、欲望。あるいは、ずっと誰かの中に見て嫌っていた部分。
それらと向き合うことは、「私はこういう人間だ」と思ってきた自己像を大きく揺さぶります。
そしてシャドウは、嫌なものだけとは限りません。
自分にはないと思っていた才能や魅力、強さなどが、誰かへの憧れや羨望を通して現れることもあります。こうした側面は「ゴールデンシャドウ」と呼ばれます。
夜の航海では、そうして切り離してきた自分の一部と、もう一度出会い直していくことになります。
2. アニマ/アニムス|外側に見ていたものを内側へ戻していく
さらに深いところでは、アニマ/アニムスとの関係も現れてきます。
シリーズ第6回では、恋愛などを通して、自分の内側にあるものが相手へ投影され、その人が実際以上に特別な存在として感じられることを見てきました。
夜の航海では、それまで外側の誰かに求めていたものを、自分自身の内側のものとして見直していくことがあります。
- あの人がいなければ自分は完成しない
- あの人だけが自分を救ってくれる
と思っていたものの中に、自分自身がまだ生きていなかった可能性が含まれていることに気づく。
これもまた、自分の人生を外側の誰かに預けたままにせず、自分の内側へ取り戻していく試練の一つといえます。
3. 元型的なイメージ|大きな心の力に飲み込まれない
夜の航海がさらに深くなると、個人的な経験だけでは説明しにくい、強い感情やイメージが現れることがあります。
シリーズ第7回で見たように、ユングは人間の無意識の深い領域に、「元型」と呼ばれる普遍的な心の型があると考えました。
夜の航海では、それまで自分を支えていた自己像や価値観が揺らぐぶん、こうした元型的なイメージが強く前に出てくることがあります。
自分でもなぜこれほど惹かれるのかわからない。なぜこれほど怖いのかわからない。自分の意思だけでは説明できないほど、強い感情やイメージに動かされる。
ただし元型は、シャドウのように「これは自分の一部だった」と認識して、そのまま自分の中へ取り入れればいいものとは少し違います。
むしろ、その大きなイメージに飲み込まれたり、それを絶対的な真実だと思い込んだりせず、自分とのあいだに適切な距離を取りながら関係していく。
それもまた、夜の航海の中で経験する一つの試練といえるでしょう。
夜の航海の中で現れやすい4つの感覚
では、自分がいま「夜の航海」のような時期にいるのかどうかを、見分けることはできるのでしょうか。
夜の航海は医学的な診断名ではないので、「これが3つ当てはまれば夜の航海」と判定できるような基準があるわけではありません。
また、夜の航海は人生で一度だけ経験する特別なイベントとも限らず、生涯を通して続いていく過程と言われています。
そのプロセスの中では、それまでの自分が通用しなくなり、無意識へ向かい、何かを意識化して再び現実へ戻ってくるという小さな「下降と再生」が、さまざまな形で繰り返されます。
ただ、そのなかには、自分の価値観やアイデンティティ、これからの人生の方向そのものが大きく揺らぐ、深い夜の航海もあります。
そうした時期には、外から見れば生活がそれほど変わっていなくても、本人の内側にはいくつか特徴的な感覚が現れることがあります。
ここでは、その代表的なものを4つ見てみましょう。
1. 今まで意味があったものが色あせる
- 以前なら嬉しかった評価に、なぜか心が動かなくなる
- 欲しかったものを手に入れても満たされない
- 次の目標を立てようとしても、それを目指すこと自体に意味を感じられない
何かを失ったわけではないのに、これまで世界を明るくしていた色だけが抜けてしまったように感じることがあります。
それまで自分を動かしていた価値と、いま心が求め始めているものとの間に、ずれが生まれている状態とも考えられます。
2. 自分が誰なのかわからなくなる
夜の航海が深くなると、問いは「これから何をすればいいのか」だけではなくなります。
「そもそも私は誰なのか」というところまで揺らぎ始めます。
仕事、家族の中での役割、人から期待される自分。
これまで自分を説明していたものが、急に借り物のように感じられる。
古い自己像は崩れ始めているのに、次の自分はまだ形になっていない。
その狭間で、自分という輪郭そのものがわからなくなることがあります。
3. 外の答えでは決められなくなる
これまでは、迷ったとき、
- 一般的にはどうするのか
- 成功している人ならどうするのか
- 周囲は何を期待しているのか
を基準にできたかもしれません。
ところが夜の航海では、そうした外側の答えをいくら集めても、なぜか自分の答えにならなくなっていきます。
代わりに強くなるのが、
- 私は本当はどう感じているのだろう
- なぜ、このことだけがこんなに気になるのだろう
という内側からの問いです。
外の世界を捨てるという意味ではありません。
ただ、外側の基準だけでは答えの出ない問題が増え、自分の内側との対話なしには次へ進めなくなっていきます。
4. 夢やイメージが強く印象に残る
ユング心理学では、夢やイメージを、無意識の働きを知る重要な手がかりとして扱います。
意識だけでは人生の方向を見つけにくくなる夜の航海では、夢や、理由もなく繰り返し浮かんでくるイメージが、以前より強く印象に残ることがあります。
知らない家、深い水、地下、森、死者、見知らぬ人物、何かに追われる場面。
もちろん、こうした象徴に「水なら必ずこの意味」という決まった答えがあるわけではありません。ユングも、夢はその人自身の状況や連想とあわせて読む必要があると考えていました。
それでも、意識では考えてもいなかったイメージが何度も現れるとき、言葉になるより先に、心の深いところで何かが動き始めていることがあります。
こうした感覚がいくつも重なっているなら、「自分はおかしくなってしまった」とだけ考えるのではなく、いまの人生を「夜の航海」という物語から眺めてみることもできます。
夜の航海と個性化はどうつながるのか
ここまで、夜の航海がどのように始まり、どのようなプロセスをたどるのか、そしてその暗闇の中でシャドウやアニマ/アニムス、元型的なイメージとどのように出会っていくのかを見てきました。
では、このシリーズ全体のメインテーマである「個性化」の中で、夜の航海はどのように位置づけられるのでしょうか。
個性化とは、自我だけを「自分のすべて」として生きるところから、無意識にあるものとも関係を結びながら、より大きな自分の全体性へ向かっていくプロセスでした。
その長いプロセスの中でも、夜の航海は、一つのクライマックスのような局面として見ることができます。
シャドウに出会う。誰かに投影していたものを自分の内側へ取り戻す。アニマ/アニムスや元型的な力に揺さぶられる。そして、それまで「これが私だ」と思っていた自己像そのものが組み替わっていく。
こうした変化は一度きりで終わるものではなく、個性化の過程を通してさまざまな形で繰り返されます。
そのなかでも、シャドウや投影、アニマ/アニムス、元型的な力との対峙が重なり、それまでの生き方や「自分とはこういう人間だ」という自己像そのものが大きく揺さぶられる時期があります。
そうした深い変容の局面を理解するとき、「夜の航海」という神話のイメージが重なってきます。
そのため夜の航海は、個性化とは別に存在する特殊なイベントではなく、これまでシリーズで一つずつ見てきたユング心理学のテーマが、一人の人生の中で大きく動き始める局面といえます。
暗闇を通ったあとに始まる人生
今回の「ユング心理学から人生を読み解く」シリーズ第9回では、「夜の航海」という神話のイメージから、人生の大きな変容について見てきました。
では、夜の航海の終わりにあるのは、どんな人生なのでしょうか。
神話の英雄が、怪物の内部や暗い海を通り抜け、何かを持ち帰って再び地上へ戻るように、心理的な夜の航海でも、暗闇の中で出会ったものを抱えて現実の世界へ戻っていきます。
- 以前なら否定していた感情
- 誰かの中にしか見えていなかった自分の可能性
- これまで「私ではない」と切り離していたもの
そうしたものとの関係が変わることで、「自分」という存在そのものの捉え方も少しずつ変わっていきます。
そして「今まで知らなかった自分」をも含んだ、新しくも感じる「本当の自分」として、もう一度人生を歩んでいきます。
そういった意味で夜の航海とは、人生から離れて暗闇へ消えていく旅ではなく、自分の人生へもう一度戻ってくるための旅なのかもしれません。
次回は、偶然なのになぜか意味があると感じる出来事を、ユングの「シンクロニシティ」から見ていきます。