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世界中の物語に共通点がある背景
何百年、何千年も前に生まれた物語や、遠い国の神話なのに、なぜか自分の家族や人間関係を思い出す。そんな感覚に覚えはないでしょうか。
神話や昔話、小説、アニメなど、それぞれの物語の設定はまったく違いますし、王様や魔女、怪物が登場する、現実とはかけ離れたファンタジーも少なくありません。
それでも多くの物語の中には、どこか見覚えのある関係や人物像が繰り返し登場することが多いです。
- 親から離れられない子ども
- 子どもを手放せない母親
- 困難に立ち向かう英雄
- 行き詰まったときに現れる導き手
舞台も時代もまったく違うのに、こうした人物や関係性に自分の人生が重なって見えることは珍しくありません。
この「まったく違う物語なのに、どこか見覚えがある」という不思議さを考える手がかりになるのが、ユングの「元型」という考え方です。
元型とは何か
では、そもそも「元型」とは何なのでしょうか?
ユングは、世界各地の神話や昔話、宗教、そして人々の夢の中に、時代や地域を越えて似たイメージやモチーフが繰り返し現れることに注目しました。そして、人の心には一人ひとりの経験からつくられる「個人的無意識」だけでなく、個人を超えて人間に共通する「集合的無意識」があり、その深い層には「元型」と呼ばれる心の型があると考えました。
「元型」と聞くと、ホロスコープや動物占い、近年よく知られるMBTIのように、人にはいくつかのタイプがあり、自分はそのどれかに当てはまるものをイメージするかもしれませんが、ユングの元型は、個人の性格を分類するためのラベルではありません。
「あなたはこの元型」「私はこの元型」と、一人ひとりに特定の元型が割り当てられているのではなく、人間の心に共通する型です。
普段から一つの元型だけがその人を支配しているのではなく、人生の状況や人間関係、その人が置かれている時期によって、ある元型が強く活性化し、感情や行動、夢やイメージ、人との関わり方などに影響します。
元型とは、人をいくつかのタイプに分けるためのものではなく、人間の心の深いところに流れながら、人生のさまざまな局面で現れる共通の型なのです。
元型にはどんなものがあるのか
元型には固定された完全一覧はありませんが、ユング自身の著作やその後のユング派では、代表的な元型や元型的モチーフが繰り返し扱われています。
たとえば次のようなものです。
- 母/グレートマザー|育てるもの、包むもの、呑み込むもの
- 父|権威、秩序、規範を担うもの
- 子ども/神聖な子ども|まだ小さいものの中にある未来や可能性
- 少年/プエル|自由、可能性、永遠に若くあろうとする力
- 少女/コレー|乙女として現れる女性的な元型的イメージ
- 英雄|困難や試練に立ち向かうもの
- 老賢者|行き詰まったところに知恵や導きをもたらすもの
- トリックスター|境界を越え、秩序を乱すもの
- ペルソナ|社会に向けて見せる顔
- シャドウ|自分から切り離してきた側面
- アニマ/アニムス|ユングが心の内なる異性的側面として論じたもの
- セルフ|意識と無意識を含む心全体と、その中心を表すもの
このほかにも、再生、死と再生、結合など、人物ではなく人生の出来事やテーマとして現れる元型的なモチーフがあります。
ユングの『元型と集合的無意識』では、母、子ども、コレー、老賢者、トリックスターなどがまとまって論じられ、シャドウやアニマ/アニムスなども人間の心に現れる代表的な元型的存在として扱われています。
ここでは、ユング心理学でよく知られる元型の中から、人生の中で異なる働きを見せる4つを取り上げて、もう少し具体的に見ていきます。
1. グレートマザー|育む力と呑み込む力
1つ目に見ていくのは、「グレートマザー」と呼ばれる元型です。
名前の通り「母」を象徴する元型で、人を生み、育て、守り、包み込むような力と関わっています。
「母なる大地」という言葉があるように、実際の母親だけを指すわけではなく、大地や海、家、森、女神など、何かを生み出し、包み、育てるものも、グレートマザーのイメージとして現れます。
では、この元型が自分の人生の中で強く動いているとき、どのように現れるのでしょうか。
たとえば実際に子どもを産み、母になるとき。仕事で部下や後輩を持ち、誰かを育てる立場になったとき。家族やパートナーを支え、「私が守らなければ」と感じているとき。
実際の母親ではなくても、誰かを育てる、守る、世話をするという立場に入ったとき、グレートマザー的な力が強く動くことがあります。
その力は、人を安心させ、育て、成長を支える方向に働くこともあります。
一方で、「私がこの人を守らなければ」「この人には私が必要だ」という感覚が強くなりすぎると、相手のことを自分のもとから離せなくなったり、必要以上に世話をしたり、相手が自分で生きる力まで奪ってしまうこともあります。
グレートマザーには、人を育てる力だけでなく、強く抱え込みすぎることで相手を呑み込んでしまう側面もあります。
だからこの元型を見るときは、「私は母性的な人かどうか」と分類するのではなく、今の自分の人生の中で、誰かを育てる力や守る力がどのように動いているのかを見ると、自分とのつながりが見えやすくなります。
2. 少年/プエル|可能性の中に生きる力
2つ目に見ていくのは、少年/プエルと呼ばれる元型です。
ユング派では、ラテン語で「永遠の子ども」を意味する「プエル・アエテルヌス」という言葉で語られることもあります。
少年/プエルが象徴するのは、若さや自由、可能性、まだ何者にでもなれるという感覚です。
- まだ見たことのない世界へ行ってみたい
- もっと自分に合う場所がある気がする
- 今の自分だけで人生を決めたくない
そんなふうに、今ある場所の外へ可能性を広げていく力と関わっています。
では、この元型が自分の人生の中で強く動いているとき、どのように現れるのでしょうか。
たとえば、今の仕事を続けるより、もっと自分の可能性を試してみたいと思う。一つの場所に定着するより、知らない世界へ行ってみたくなる。決められた生き方より、「まだ他にも何かあるはずだ」という感覚に強く惹かれる。
こうした力は、新しい世界へ踏み出したり、それまでの常識から離れたりする原動力になります。
一方で、一つの道を選ぶということは、それ以外の可能性をいったん手放すことでもあります。
そのため少年/プエルの力が強くなりすぎると、「まだ決めたくない」「もっと自分に合うものがあるかもしれない」という思いが続き、仕事や人間関係、生き方の一つにコミットして積み上げていくことが難しくなる場合があります。
可能性を追い続ける一方で、今いる場所にはなかなか根を下ろせない。
少年/プエルという元型は、自分の可能性を広げる力と、一つの現実を選んで生きることの間にある緊張を見せてくれます。
3. 英雄|試練を越えていく力
3つ目に見ていくのは、英雄と呼ばれる元型です。
神話や昔話、少年漫画や勇者の物語には、何者でもなかった人物がそれまでいた場所を離れ、未知の世界へ向かい、さまざまな試練を越えたあと、以前とは違う自分になって戻ってくる物語が繰り返し登場します。
英雄の元型が象徴するのは、困難に立ち向かい、自分の力を試し、それまでの自分を越えていこうとする力です。
では、この元型が自分の人生の中で強く動いているとき、どのように現れるのでしょうか。
たとえば、親の価値観から離れて自分の人生を生きようとするとき。学生から社会人になり、自分の力で社会に出ていくとき。長くいた会社を辞めて、別の仕事やフリーランスに挑戦するとき。今までの自分なら選ばなかった世界へ、自分の力を試しに行くとき。
「怖いけれど行ってみたい」「ここを越えた先の自分を見てみたい」という感覚が強くなるとき、英雄的な力が人生の中で動いていると読むことができます。
英雄の物語では、ただ旅に出るだけではありません。怪物と戦ったり、難題を与えられたり、一度敗れたりしながら、それまで持っていなかった力を獲得していきます。
人生でも、自立や挑戦の途中では、それまで頼っていたものが使えなくなり、自分で決め、自分で進まなければならない局面があります。
その経験を越えることで、「私はここまでできる」「自分の人生は自分で選べる」という新しい自己像がつくられていきます。
一方で英雄の力が強くなりすぎると、人生のすべてを「越えるべき試練」として捉え、休むことや誰かに頼ること、戦わずに降りることまで敗北のように感じてしまうこともあります。
英雄の元型は、ただ強くなるための物語ではなく、自分の力で外の世界へ出ていき、試練を通して、それまでとは違う自分になっていく過程と関わっています。
4. トリックスター|秩序を乱して動かす力
4つ目に見ていくのは、トリックスターと呼ばれる元型です。
トリックスターは、神話や昔話の中で、嘘をついたり、人を騙したり、決まりを破ったり、予想外の行動で周囲を混乱させたりする存在として現れます。
一見すると、ただの厄介者です。
ところがトリックスターが現れることで、それまで当たり前だと思われていたルールが壊れ、止まっていた物語が思わぬ方向へ動き始めます。
では、この元型が自分の人生の中で強く動いているとき、どのように現れるのでしょうか。
たとえば、今まで真面目に守ってきたルールが急に窮屈に感じる。「なぜこれを守らなければならないんだろう」と、当たり前だった価値観を疑いたくなる。きちんと決められた道より、わざと外れた道へ行ってみたくなる。場の空気を崩したり、誰も言わなかったことを冗談にして口にしたり、それまで触れてはいけなかったものを表に出したくなる。
そんな形で現れることがあります。
トリックスターの力は、秩序を守る側から見れば迷惑であるものの、一方で長いあいだ変わらなかった関係や仕組みに風穴を開ける力にもなります。
自分自身がトリックスター的な役割を担うこともあれば、予想外の人物との出会いや、計画をひっくり返す出来事によって、自分が信じていた秩序を問い直すことになる場合もあります。
そしてこの力が強くなりすぎれば、何かを壊すこと自体が目的になったり、自分でもなぜそうしたのかわからないまま大切な関係や積み上げてきたものを崩したりする方向にも向かいます。
ユングはトリックスターを、私たちの意識の下に残る未発達で矛盾した側面や、シャドウとも関わる存在として考えました。
トリックスターが人生に強く現れているときは、「なぜ私は急に全部壊したくなっているんだろう」と見るだけではなく、「今までの秩序の何が、もう自分には合わなくなっているんだろう」と見ることもできます。
トリックスターの元型は、整った世界をそのまま維持する力ではなく、ときに混乱を起こしながら、古くなった秩序を揺さぶり、物語を次へ動かしていく力と関わっています。
元型は人間関係の中でも動いている
では、元型は私たちの日常生活の中で、どのように現れるのでしょうか。
その影響に気づきやすい場所の一つが、人間関係です。
私たちは、目の前にいる相手を、いつも「その人そのもの」として見ているとは限りません。
これまでこのシリーズで見てきたように、相手に自分のシャドウを重ねたり、アニマ/アニムスを投影しながら、さまざまな人間関係を作っています。
そこからさらに元型的なイメージまで重なると、現実の相手以上に「この人はこういう人だ」という大きな役割が見えてくることがあります。
たとえば、自分の中でグレートマザーの元型が強く動いているとします。
すると、相手が実際には自分で十分にやっていける人であっても、
- 私がこの人を守らなければ
- 私が面倒を見なければ
- この人には私が必要だ
という感覚が強くなる、といった具合です。
そして自分が「世話をする人」という位置に入り続けることで、相手も次第に「任せる人」「守られる人」という位置に入り、2人のあいだに特定の関係の型ができていくのです。
反対に、最初から相手側にもプエルのような「まだ誰かに守られていたい」「責任を引き受けきれない」という力が強く動いていれば、グレートマザー的な人との組み合わせはさらに強まりやすくなります。
こうなると、2人は単に「AさんとBさん」という個人同士として関わっているだけではなく、どこか神話や昔話の中にあるような「世話をする者と守られる者」「導く者と従う者」「救う者と救われる者」といった物語を、知らないうちに生き始めることがあります。
ユング心理学で元型を見る面白さの一つは、ここにあります。
- なぜ私はこの人といると、いつも母親のようになってしまうのだろう
- なぜこの人の前では、普段の自分とは違って誰かに決めてもらいたくなるのだろう
- なぜこの関係だけ、普通の恋愛や友情では説明できないほど強く引き込まれるのだろう
そんな関係の中には、個人の性格や相性だけではなく、元型的な役割や物語が重なっていることがあります。
元型という視点を持つと、「あの人が悪い」「私がおかしい」という見方だけではなく、「この2人のあいだで、今どんな物語が動いているのだろう」と関係そのものを見ることができるようになります。
今の人生にどの元型が強く働いているのか
では、自分の人生に今、どんな元型が強く関わっているのかを知るには、どこを見ればいいのでしょうか。
元型は、「私は最近、人の面倒をよく見ているからグレートマザー」「自由な人に惹かれるから、私はプエルになりたがっている」というように、一つの特徴だけを元型の名前に当てはめて判断できるものではありません。
同じ行動や感情でも、その元型が自分自身の役割として強く現れている場合もあれば、自分の中にある元型的なものを誰かに投影している場合もあります。
さらに、人間関係の中では、自分に強く働いている元型とは別の元型的な人物に惹かれ、その組み合わせによって一つの物語が生まれている場合もあります。
そのため、今の自分にどんな元型が強く関わっているのかを見るときは、一つの特徴だけではなく、自分がどんな役割を生きているのか、人間関係の中でどんな物語を繰り返しているのか、何を誰に投影しているのかまで重ねて見ていく必要があります。
1. 自分がどんな役割に入っているかを見る
まず見たいのは、今の自分が人生の中でどんな役割を強く引き受けているかです。
- 誰かを守る人
- 人を育てる人
- 困難に立ち向かう人
- 自由でいたい人
- 誰かに導いてもらいたい人
普段の性格というより、「今のこの状況になると、なぜか私はこの役割に入ってしまう」というところを見ます。
たとえば、普段は人の世話を焼くタイプではないのに、ある人の前では「私がこの人を守らなければ」という感覚が強くなるなら、その関係の中でグレートマザー的な力が動いている可能性があります。
2. 人間関係で繰り返す物語を見る
次に見るのは、誰に惹かれるかだけではなく、その人との間でどんな関係を繰り返しているかです。
- いつも自分が世話をする側になる
- いつも誰かを救おうとする
- いつも強い人についていく
- いつも権威と戦う
- いつも自由な人に振り回される
相手が変わっても、なぜか自分の役割と関係の流れが似ている。
そんなときは、個人同士の性格や相性だけではなく、その関係の中で同じ元型的な物語が繰り返されている可能性があります。
見るべきなのは、「私はどんな人を選ぶのか」だけではありません。その人の前で、自分が何者になっているのかまで見ていきます。
3. 強く惹かれる物語やイメージを見る
元型は、人間関係だけでなく、物語や夢、イメージにも現れます。
- なぜかわからないけれど、昔から英雄の物語ばかり好きだった
- 母と子の物語になると強く心を動かされる
- 自由に世界を旅する少年に憧れる
- 秩序を壊していく人物を見ると妙に気持ちがいい
こうした強い反応も、一つの手がかりになります。
その人物や物語を「好きだから」で終わらせず、なぜ自分はそこにこれほど惹かれるのかを見ていくと、自分の中でまだ十分に意識されていない元型的なテーマが見えてくる場合があります。
4. 今の人生をどんな物語として感じているかを見る
もう一つの手がかりは、今の人生そのものを、自分がどんな物語として感じているかです。
- ここから出ていかなければならない
- 誰かを守らなければならない
- 一度すべてを壊さなければ進めない
- 今は試練を越える時期だ
- まだ見たことのない世界へ行かなければならない
私たちは自分でも気づかないうちに、人生で起きていることを一つの物語として捉えていることがあります。
同じ出来事を経験していても、それを「戦う物語」として生きている人もいれば、「誰かを守る物語」や「ここを離れて新しい世界へ向かう物語」として生きている人もいます。
自分が今どんな役割に入り、人間関係でどんな物語を繰り返し、どんな人物やイメージに強く惹かれ、今の人生そのものをどんな物語として感じているのかを重ねて見ていくと、今の自分に強く関わっている元型を読み解く手がかりになります。
元型は個性化にどう関わるのか
では、この元型という概念と、自分が自分になっていく「個性化」には、どのような関係があるのでしょうか。
個性化とは、普段「これが私だ」と認識している自我(ego)だけを自分のすべてとするのではなく、これまで自分ではないと思っていたものも含めて、より大きな心の全体である自己(Self)との関係を深めていく過程です。
その中で、元型も重要な役割を持っています。
人生のある局面で特定の元型が強く活性化すると、私たちは知らないうちに、その元型が持つ大きな物語の中へ引き込まれることがあります。
- 私がこの人を守らなければならない
- ここを飛び出せば、本当の人生が始まる
- この試練には絶対に勝たなければならない
そんな感覚があまりにも強くなっているとき、自分では自分の意思で人生を動かしているつもりでも、元型的な力から大きな影響を受けている場合があります。
個性化の中で目指すのは、こうした元型の影響をなくすことではありません。
元型の大きな力に飲み込まれるのでもなく、その力を恐れて遠ざけるのでもなく、絶対的なものとして崇めるのでもない。
「今、自分の中ではこの元型的な力が強く動いている」と気づき、その力と自分との距離や関係をつかめるようになっていく。
すると、「守る」という力が動いていても、必ず守らなければならないわけではなくなります。英雄的な力が動いていても、すべての困難と戦わなければならないわけではありません。
元型的な力も、自己というより大きな心の全体に関わるものとして捉え、その力と関係を結びながら、自分はどう生きるのかを選んでいく。
元型に無意識に動かされる状態から、自分の中で動いているものに気づき、それとのバランスを取りながら自分の人生を生きていくことも、個性化の大切な過程の一つです。
人間に共通する物語の中で私を生きる
この記事では、ユング心理学の「元型」について見てきました。
元型という考え方を知ると、自分の人生で起きていることを、目の前の出来事だけではなく、もう少し大きな物語の流れとして眺められるようになります。
なぜ今、自分は誰かを守る側に入っているのか。なぜこの関係だけ、いつもと違う自分になってしまうのか。なぜ今まで普通に生きていた人生が、突然ここではないどこかへ向かいたい物語に変わっているのか。
その背景には、自分でも気づかないまま強く動いている元型的な力があるのかもしれません。
元型を知ることで、自分の人生を何かの型に当てはめるのではなく、今どんな物語の中にいるのかを少し離れた場所から見られるようになります。
そして人生のある時期には、それまで自然に生きていた物語そのものが、急にしっくりこなくなることがあります。
次回は、人生の後半に始まる「これじゃない」という感覚を、ユング心理学とミッドライフから見ていきます。