「自己実現したい」「もっと自分らしく生きたい」自分らしさに注目が集まっている近年では、このようなと言葉を耳にすることも多いでしょう。
自己実現というと、夢を叶えることや、仕事で成功すること、理想の自分になることをイメージすることが多いですが、心理学でいう自己実現は、もともと人間の可能性や成長を考えるなかで生まれた概念です。
この記事では、自己実現とは何を指すのか、心理学での意味や歴史、似た言葉との違いについて解説していきます。
Contents
- 自己実現とは?その定義を解説
- 自己実現はどのように生まれた概念なのか
- 1. ゴールドシュタイン|有機体が可能性を実現する傾向
- 2. マズロー|人間の成長と動機づけとして発展
- 3. ロジャーズ|実現傾向を人間理解の中核に置いた
- マズローの欲求5段階と自己実現
- 1. 自己実現は高次の欲求として位置づけられた
- 2. 下位の欲求を100%満たす必要はない
- 3. 欲求の順番を絶対的な法則として扱わない
- 自己実現と似た言葉の違い
- 1. 自己成長|変化や発達そのもの
- 2. 自己肯定感|自分をどう捉えるか
- 3. 自己価値|自分の価値をどう感じるか
- 4. 自己効力感|自分にできると感じる見込み
- 5. ウェルビーイング|人生全体の良好な状態
- 6. 自分らしさ|自分の感覚や価値観との一致
- 自己実現という言葉から自分の人生を読み解く
自己実現とは?その定義を解説
自己実現とは、自分がもっている可能性や能力を発達させ、それを自分の生き方のなかで実現していくことを指す心理学上の概念です。
英語ではセルフ・アクチュアライゼーション(self-actualization)と呼ばれます。
自己実現という言葉を広く知られるものにしたのが、アメリカの心理学者アブラハム・マズロー(Abraham Maslow、1908–1970)です。
マズローは1943年に発表した「人間の動機づけに関する理論」のなかで、自分が潜在的にもっているものを実現し、自分がなりうるものになろうとする欲求として自己実現を説明しました。
自己実現の現れ方は人によって異なり、ある人にとっては仕事や創作活動、ある人にとっては子育てやスポーツ、研究、誰かとの関わりのなかで自分の力を生かすことかもしれません。
特定の職業や大きな成果だけを指す言葉ではなく、「その人がもつ可能性を、その人なりの形で生きていく」という意味を含んでいるのが自己実現です。
自己実現はどのように生まれた概念なのか
日本で自己実現に関する著名な人物というと、前述のマズローと言えますが、これまで長くにわたって少しずつ発展してきた概念です。
ここからは、自己実現という考え方がどのように広がっていったのかを3つの流れから見ていきましょう。
1. ゴールドシュタイン|有機体が可能性を実現する傾向
1つ目は、ドイツ生まれの脳病理学者クルト・ゴールドシュタイン(Kurt Goldstein、1878–1965)の考え方です。
ゴールドシュタインは、人間を個々の機能の集合としてではなく、ひとつのまとまりをもった有機体として捉えました。
脳や身体の一部分だけを見るのではなく、その人全体と環境との関係から人間を理解しようとした研究者です。
マズローは1943年の論文で、自己実現という言葉をゴールドシュタインから借りたと説明しています。
ゴールドシュタインの考えでは、生物には、自分がもっている可能性をその環境のなかで実現していこうとする傾向があります。
後にマズローは、この考えを人間の動機づけという観点から発展させていきました。
2. マズロー|人間の成長と動機づけとして発展
2つ目は、マズローによる発展です。
マズローは、人間の行動を不足しているものを満たすためだけの行動として見るのではなく、成長や可能性へ向かう側面にも注目しました。
そこで、人間がもつ基本的な欲求を整理し、そのなかに自己実現への欲求を位置づけます。
- 自分にできることを生かしたい
- 自分の能力や可能性をもっと発揮したい
- 自分にとって意味のあることに取り組みたい
こうした方向へ向かう欲求を、マズローは自己実現という概念から説明しました。
この考え方は、後に人間性心理学と呼ばれる領域の代表的な理論のひとつになっていきます。
3. ロジャーズ|実現傾向を人間理解の中核に置いた
3つ目は、アメリカの心理学者カール・ロジャーズ(Carl Rogers、1902–1987)の考え方です。
ロジャーズも、人間には自分の可能性を発達させ、成長していこうとする実現傾向があると考えました。
その人が自分の経験を受け止め、自分自身への理解を深めながら生きられる環境が整うことで、その傾向が発揮されやすくなると捉えています。
この考えは、ロジャーズが発展させたパーソン・センタード・セラピー(person-centered therapy)の基盤にもなりました。
マズローの自己実現とロジャーズの実現傾向は、人間の成長や可能性を重視する点では共通しています。
一方で、それぞれ異なる理論のなかで発展した概念なので、完全に同じ意味として扱うより、人間性心理学のなかで近い問題を考えてきた理論として捉える方がわかりやすいでしょう。
マズローの欲求5段階と自己実現
自己実現という言葉と一緒によく紹介されるのが、マズローの欲求階層です。
現在は「欲求5段階説」や「欲求のピラミッド」として知られていますが、広く流通している説明とマズロー自身の理論には少し違いがあります。
ここからは、自己実現が欲求階層のなかでどのように位置づけられているのかを3つの点から整理します。
1. 自己実現は高次の欲求として位置づけられた
1つ目は、自己実現が基本的な欲求のなかでも高次の欲求として位置づけられたことです。
マズローは1943年の論文で、人間の基本的な欲求を次のように整理しました。
- 生理的欲求
- 安全への欲求
- 愛と所属への欲求
- 尊重への欲求
- 自己実現への欲求
食事や睡眠など生命を維持するための欲求から、安全、人とのつながり、他者や自分から尊重されることへと欲求が広がり、その先に自己実現が位置づけられています。
自己実現への欲求は、自分の可能性を発揮し、自分にできることを実際の人生のなかで生かしていこうとする欲求です。
2. 下位の欲求を100%満たす必要はない
2つ目は、欲求の階層を「1段ずつ完全にクリアしていく仕組み」と考える必要はないという点です。
マズロー自身も、ひとつの欲求が100%満たされてから次の欲求が現れるという説明をしていません。
実際には、複数の欲求が同時にある程度満たされ、ある程度満たされていない状態で存在すると説明しています。
たとえば、生活に不安が残っている人でも創作活動に強い意味を感じることはあります。
人間関係に悩んでいる時期にも、仕事や学びを通じて自分の可能性を広げようとすることはあるでしょう。
欲求の階層は、人間の動機を理解するための理論として捉える方が実際の人間の姿には近くなります。
3. 欲求の順番を絶対的な法則として扱わない
3つ目は、マズローの欲求階層を現代心理学で証明された普遍的な順番として扱わないことです。
現在よく見かける三角形の「マズローのピラミッド」は、マズロー本人が作った図ではありません。
理論が経営学や教育などへ広がる過程で、後からピラミッド型の図が定着していったことが歴史研究で確認されています。
また、欲求が一定の順番で満たされるという仮説についても、研究では一貫した支持が得られていません。
1976年のレビューでは欲求階層を支持する実証的証拠は限定的だと報告され、2023年にメキシコの大規模データを用いて行われた研究でも、欲求が順番に満たされるという仮定は支持されませんでした。
マズローの理論は、人間の欲求を考えるうえで大きな影響を与えた歴史的な理論です。
現在は、その理論的な意義と実証研究による限界の両方を踏まえて理解することが必要です。
自己実現と似た言葉の違い
自分について考える心理学用語には、自己実現と似て見えるものがたくさんあります。
どれも自分との関係にかかわりますが、何を見ている概念なのかは少しずつ異なります。
ここからは、特に混同されやすい6つの言葉との違いを整理していきます。
1. 自己成長|変化や発達そのもの
1つ目は、自己成長です。
自己成長は、自分の考え方や能力、知識、行動などが変化し、発達していくことを広く表す言葉です。
新しいことを学ぶことも、できなかったことができるようになることも、人間関係のなかで考え方が変わることも自己成長と呼べます。
一方で自己実現は、その成長を通じて、自分がもつ可能性や能力が自分の人生のなかでどのように表れていくかに焦点があります。
成長は自己実現の過程で起こることがありますが、2つは同じ概念ではありません。
2. 自己肯定感|自分をどう捉えるか
2つ目は、自己肯定感です。
心理学で近い概念にあたるセルフ・エスティーム(self-esteem)は、自分の特性や能力などをどの程度肯定的に評価しているかに関わる概念です。
自己実現は、自分を高く評価できているかどうかを表す言葉ではありません。
自分への評価と、自分の可能性をどのように生きているかでは、見ている問題が異なります。
自己肯定感そのものについては、自己肯定感が低い理由を解説した記事で詳しく扱っています。
3. 自己価値|自分の価値をどう感じるか
3つ目は、自己価値です。
セルフ・ワース(self-worth)は、自分を価値のある存在、尊重されるに値する存在としてどのように評価しているかに関わる概念です。
「自分には価値があるのだろうか」という問いと、「自分がもつ可能性をどう生きているのか」という問いは同じではありません。
そのため、自己価値が高いことを自己実現の条件として単純に結びつけることもできません。
自分の価値について悩んでいる場合は、自己実現とは別に自己価値という概念から考えることで、今抱えている問題が見えやすくなることがあります。
4. 自己効力感|自分にできると感じる見込み
4つ目は、自己効力感です。
自己効力感(self-efficacy)は、心理学者アルバート・バンデューラが提唱した概念で、ある状況で必要な行動を自分が実行できると感じる主観的な見込みを指します。
「この仕事なら自分にもできそうだ」「この課題なら取り組めそうだ」という感覚は自己効力感の問題です。
一方で自己実現は、特定の行動ができそうかどうかよりも、自分の可能性や能力を人生のなかでどう発揮していくかという広い問題を扱います。
自己効力感と自己肯定感、自分への信頼の違いについては、自己信頼感の記事でも整理しています。
5. ウェルビーイング|人生全体の良好な状態
5つ目は、ウェルビーイングです。
ウェルビーイングは、心身の状態や人間関係、生き方などを含め、その人がよい状態で生きられていることを広く扱う概念です。
心理学者キャロル・リフらによる心理的ウェルビーイングのモデルでも、自律性、環境統制、人格的成長、良好な人間関係、人生の目的、自己受容という複数の側面から人間の良好な心理機能が捉えられています。
自己実現とウェルビーイングには、人間の成長や人生の意味など重なり合う部分があります。
一方でウェルビーイングは、自己実現だけでは捉えきれない人間関係や生活全体の状態まで含む、より広い枠組みです。
自己実現したから必ず幸せになるという単純な関係ではないため、幸福について考えたい場合は、幸せとは何かや充実した生活とは何かと分けて考える必要があります。
6. 自分らしさ|自分の感覚や価値観との一致
6つ目は、自分らしさです。
「自分らしさ」は日常的に広く使われている言葉で、心理学上ひとつの学術概念だけに対応する言葉ではありません。
心理学では、自分自身に対してどれだけ真正であるかというオーセンティシティ(authenticity)や、ロジャーズが重視した一致など、複数の概念と接点があります。
自分らしさを考えるときは、「私は何を大切にしているのか」「どんな自分でいると自然なのか」といった自分の感覚や価値観が中心になります。
自己実現は、その自分がもつ可能性や能力を、実際の人生のなかでどのように生かしていくかという方向へ視点が広がります。
自分らしさそのものについて考えたい場合は、自分らしさとは何かで詳しく整理しています。
自己実現という言葉から自分の人生を読み解く
この記事では、自己実現の心理学上の意味や歴史、マズローの欲求階層、似た概念との違い、人生の迷いとのつながりについて解説してきました。
自己実現は、夢を叶えることや社会的に成功することだけを意味する言葉ではなく、自分がもっている能力や可能性を発達させ、それを自分の人生のなかで生かしていくことを考えるための概念です。
その形は、仕事として表れる人もいれば、創作や学び、人との関わり、家庭での役割などに表れる人もいます。
「何がしたいかわからない」「このままでいいのだろうか」と感じたとき、すぐに答えを決めるのではなく、「私はこれから、自分のどんな部分を生かして生きたいのだろう」と考えてみる。
自己実現という概念は、そんなふうに自分の人生を別の角度から読み解くためのひとつの視点になります。