幸せとは、一体何なのでしょうか。
多くの人は、漠然と「幸せになりたい」と思いながら日々を過ごしているものの「自分にとっての幸せとは何か」と聞かれると、はっきり答えられない人が大半でしょう。
幸せという言葉は身近なものですが、その中身はとても曖昧です。
この記事では、幸せとは何かについて、心理学や哲学の考え方も参考にしながら、本当の幸せの定義について整理していきます。
Contents
- 幸せの定義がないまま幸せを探すと苦しくなる
- 「幸せとは何か?」心理学・幸福学で見る幸せの定義
- 1. 主観的幸福感で見る幸せ
- 2. 幸せの4つの因子で見る幸せ
- 3. ウェルビーイングで見る幸せ
- 哲学で考える本当の幸せ
- 1. 快楽としての幸せ
- 2. よく生きることとしての幸せ
- 3. 自分にとって善い生き方
- 幸せとは何かがわからなくなる理由
- 1. 借り物の幸せを追っている
- 2. 条件つきの幸せを信じている
- 3. 本音より正解を優先している
- 4. 幸せを感じる余白がない
- 5. 幸せになることを怖がっている
- 自分にとっての幸せを見つける方法
- 1. 満たされる感覚を見直す
- 2. 羨ましさの奥の望みを見る
- 3. 安心と刺激のバランスを見る
- 4. 幸せを許せない理由に気づく
- 幸せになるには自分への理解が必要
幸せの定義がないまま幸せを探すと苦しくなる
では改めて、幸せとは一体何なのでしょうか。
「幸せとは何か」の答えは人によって違いますが、それでも「幸せとは自分が満たされていることである」くらいの定義はできるかもしれません。
けれど、「では、満たされているとは一体どんな状態なのか」と聞かれると、答えに詰まってしまう人も少なくありません。
多くの人は、なんとなく幸せになりたいと思っているものの、その幸せの中身がよくわからないまま幸せを求めていることが大半でしょう。
これは、地図を持たずに桃源郷を目指しているようなものです。
そもそも私たちは、幸せとは何かについて、学校で教わるわけではありません。
幸せについて考える授業があるわけでもありません。
人生のどこかで、「きっとこれは幸せではないんだろう」という感覚にぶつかって初めて、幸せとは何かを考え始める人も多いでしょう。
反対に、「これが自分にとっての幸せである」という定義を明確に持っている人は、その幸せに近づきやすくなります。
ゴールが明確であれば、そのゴールに向かって何を選べばいいのかも見えやすくなるからです。
「幸せとは何か?」心理学・幸福学で見る幸せの定義
「幸せとは何か」を考えるとき、心理学を始め、人間の幸福に関する研究分野での考え方は良い手がかりになります。
ここでは、幸せを考えるときに使われる代表的な考え方として、主観的幸福感、幸せの4つの因子、ウェルビーイングの3つを整理していきます。
1. 主観的幸福感で見る幸せ
心理学では、幸せを「主観的幸福感」という考え方で基本的にはとらえています。
主観的幸福感とは、簡単に言えば「自分自身がどれくらい幸せだと感じているか」という指標です。
ここでは、幸せは外側から一方的に判断できるものではないという考え方がベースになっています。
- 収入がある
- 仕事がある
- 家族がいる
- 人から見れば恵まれている
そう見える状態でも、本人が心の中で満たされていなければ、幸せだとは感じにくいことがあります。
反対に、条件だけを見れば完璧ではなくても、自分の人生に納得感があり、日々の中に安心や喜びを感じられているなら、その人にとっては幸せな状態と言えます。
つまり主観的幸福感で見る幸せとは、外側の正解ではなく、本人の実感に根ざした幸せです。
「私は本当に満たされているのか」
「今の人生に納得できているのか」
「自分の心は置き去りになっていないか」
幸せを考えるとき、まず見るべきなのは、誰かから見た評価ではなく、自分の内側にある実感です。
2. 幸せの4つの因子で見る幸せ
次に、人間の幸福について専門に研究する幸福学では、幸せに関わる要素として「幸せの4つの因子」が提唱されています。
この4つの因子は、幸福学の研究者として知られる前野隆司氏らによって整理されたもので、幸せを支える心の状態を考えるときの手がかりになります。
- やってみよう
- ありがとう
- なんとかなる
- ありのままに
この4つの因子がバランスよく揃うと、人間は幸福を感じられるというものです。
「やってみよう」は、自分の可能性を信じて行動する感覚です。
何かに挑戦したり、自分なりに成長している実感があるとき、人は幸せを感じやすくなります。
「ありがとう」は、人とのつながりや感謝に関わる感覚です。
誰かと支え合っている、受け取っている、関係の中であたたかさを感じられることも、幸せを支える要素になります。
「なんとかなる」は、物事を前向きに受け止める感覚です。
すべてが完璧でなくても、どうにかできる、乗り越えられると思えることは、心の安定につながります。
「ありのままに」は、自分を無理に大きく見せたり、誰かと比べたりせず、自分は自分でいいと思える感覚です。
そうした複数の感覚が重なったとき、人は幸せを感じられるという概念です。
3. ウェルビーイングで見る幸せ
近年は、幸せを「ウェルビーイング」という言葉で考えることも増えています。
ウェルビーイングは、心や体、人間関係、生活、仕事、生き方などを含めて、その人がよい状態で生きられていることを表す言葉です。
国際機関であるWHO(世界保健機関)も、健康を「病気ではないこと」だけではなく、身体的・精神的・社会的に良好な状態として定義しています。
つまり、ウェルビーイングで見る幸せは、ただ気分がいいことや、一時的に楽しいことだけではありません。
- 一時的に楽しい
- 一瞬だけ気分が上がる
- 誰かに認められてうれしい
それも幸せの一部ではあります。
けれど、それだけで人生全体が満たされるとは限りません。
ウェルビーイングで見る幸せは、「楽しいかどうか」だけではなく、「自分が健やかに生きられているか」を含みます。
幸せを考えるときは、瞬間的な快楽だけではなく、自分の人生全体がどんな状態にあるのかを見る必要があります。
哲学で考える本当の幸せ
人生や世界について「それは本当は何なのか」「どう生きることがよいのか」を問い直す営みである、哲学の中でも「幸せとは何か?」は昔から考えられてきたテーマです。
ここでは、哲学で考える幸せを、快楽、よく生きること、自分にとって善い生き方の3つから整理していきます。
1. 快楽としての幸せ
哲学の中では、幸せとは「人生に快楽があることである」として見る考え方もあります。
快楽とは、喜びや心地よさを感じることと同時に、苦痛が少ないことと定義されています。
- おいしいものを食べる
- 好きな人と過ごす
- 欲しかったものを手に入れる
- 楽しい時間を過ごす
こうした喜びや心地よさは、人が幸せを感じるわかりやすい入り口です。
一方で、快楽だけを幸せの基準にすると、幸せは不安定になりやすくなります。
なぜなら快楽は「外側の環境に依存しがちなもの」であり、つまり外側からの快楽の提供を常に欲する人生になりかねないからです。
- 楽しいことがあると幸せ
- 欲しいものが手に入ると幸せ
- 誰かに認められると幸せ
- 刺激があると満たされる
このように、外側の出来事によって幸せを測っていると、その刺激が過ぎ去ったあとに、また次の快楽を求める状態になりやすくなります。
けれど、それだけでは「自分の人生をよかったと思える幸せ」までは届かないことがあります。
2. よく生きることとしての幸せ
哲学では、幸せを「人としてよく生きること」として考える見方もあります。
ここでいう「よく生きる」とは、立派な人間になるとか、正しいことだけをするという意味ではありません。
- 自分の力を使っている
- 大切にしたいものを大切にしている
- 自分の人生に納得できる選択をしている
このような「生き方の姿勢」に近いものです。
たとえば、楽な方を選べば一時的には安心できる。
でも、本当は挑戦したかったのに避け続けていると、心の奥には悔しさが残ることがあります。
反対に簡単ではない道でも、自分で選んだ感覚があると、苦労の中にも充実感が生まれることがあります。
本当の幸せを考えるときは、気分のよさだけでなく「人として良い生き方になっているか」も見ていく必要があります。
3. 自分にとって善い生き方
哲学で考える幸せは、最終的には「自分にとって善い生き方とは何か」という問いにつながります。
「よく生きること」という指標が、「人間としてより良いとされている生き方に沿うもの」に近いとすれば、それを踏まえた上であえて「自分にとって善い生き方」を選べているか、という指標です。
誰かにとっては安定した暮らしが幸せかもしれません。
別の誰かにとっては、自由に動けることが幸せかもしれません。
人とのつながりに満たされる人もいれば、一人の時間の中で自分を取り戻す人もいます。
どれが正解というより、「自分にとって何が善い生き方なのか」を見ていくことが必要です。
「人として何がよい生き方なのか」と比較すると、指標が自分の中にしかない分、なかなか「これが自分にとっての正解だ」という感覚になるのが難しいものです。
ただ周りがどう思おうと、自分が自分の生き方に心底納得できている時、それは紛れもなく「深い幸せ」として感じられるでしょう。
幸せとは何かがわからなくなる理由
ここまで、心理学や幸福研究、哲学の視点から「幸せとは何か」について整理してきました。
ただ、そうした分野で幸せの定義を見ても、それでも「自分にとっての幸せがわからない」と感じる人は少なくありません。
その背景には、幸せそのものが理解できないというより、幸せを判断する基準が自分の中にないという問題があります。
ここでは、幸せとは何かがわからなくなる理由を、5つの視点から整理していきます。
1. 借り物の幸せを追っている
幸せがわからなくなる理由の1つ目は、借り物の幸せを追っていることです。
借り物の幸せとは、自分の内側から出てきた望みではなく、誰かの価値観や世間の正解をそのまま自分の幸せだと思い込んでいる状態です。
- 結婚している人は幸せ
- お金がある人は幸せ
- 好きな仕事をしている人は幸せ
- 友達が多い人は幸せ
- 人から羨ましがられる人生は幸せ
このような形は、たしかに幸せの一部になり得ます。
ただ、それが自分の本音とつながっていない場合、手に入れても心の奥では満たされないことがあります。
幸せがわからないときは、自分が追っているものが本当に自分の望みなのか、それとも誰かから借りてきた幸せなのかを見直す必要があります。
2. 条件つきの幸せを信じている
幸せがわからなくなる理由の2つ目は、条件つきの幸せを信じていることです。
条件つきの幸せとは、「これが手に入ったら幸せになれる」「この状態になれたら幸せになれる」と、幸せを未来の条件に預けている状態です。
- もっとお金があれば幸せ
- 理想の相手に愛されたら幸せ
- 仕事で成功したら幸せ
- 痩せたら幸せ
- 人から認められたら幸せ
このように考えていると、幸せはいつも「まだ先」にあるものになります。
さらに、ひとつ条件を満たしても、また次の条件が出てきます。
もっと上へ。
もっと完璧に。
もっと認められるように。
もっと安心できるように。
そうしているうちに、いつまでも「まだ足りない」という感覚が続いていきます。
条件つきの幸せを信じすぎると、今の自分が何に満たされているのか、何を望んでいるのかが見えにくくなります。
3. 本音より正解を優先している
幸せがわからなくなる理由の3つ目は、本音より正解を優先していることです。
幸せを考えるとき、人はつい「どうしたいか」よりも「どうするべきか」を先に考えてしまうことがあります。
- この年齢ならこうするべき
- 親を安心させるべき
- 周りに迷惑をかけないべき
- ちゃんとした人生を選ぶべき
- 失敗しない道を選ぶべき
このような正解を優先し続けると、自分の本音はだんだん後ろに下がっていきます。
「自分にとって幸せかどうかはわからないけれど、世間的に正解らしい人生」を選び続けていると、外側は整っているのに、内側では空白が残ります。
幸せを見つけるには、正解を探す前に、自分の本音がどこで置き去りになったのかを見る必要があります。
4. 幸せを感じる余白がない
幸せがわからなくなる理由の4つ目は、幸せを感じる余白がないことです。
幸せに限らず何か感情を感じるには、余白が必要です。
つまり心や体が疲れ切っていると、幸せはもちろん目の前にある喜びや安心を受け取る余裕がなくなります。
- いつもやることに追われている
- 休んでいても頭の中では考え続けている
- 人の期待に応えることで精一杯になっている
- 不安や焦りで心がいっぱいになっている
- 自分の気持ちを確認する時間がない
幸せがわからないときは、新しい幸せを探す前に、まず自分の中に感じる余地が残っているかを見ていく必要があります。
5. 幸せになることを怖がっている
幸せがわからなくなる理由の5つ目は、幸せになることをどこかで怖がっていることです。
一見すると、幸せになりたいと思っているのに、心の奥では幸せを受け取ることに抵抗がある場合があります。
- 幸せになると失うのが怖い
- 自分だけ幸せになっていいのかわからない
- 幸せになったら誰かを裏切る気がする
- うまくいくと後で悪いことが起きそう
- 幸せな状態に慣れていない
このように幸せになることが怖いままだと、どんな形の幸せを選んでも、心のどこかで落ち着かなくなります。
自分にとっての幸せを見つける方法
心理学や哲学は幸せを考えるための手がかりになりますが、「自分にとって」というカスタマイズは自身で行う必要があります。
ここからは、自分にとっての幸せを見つける方法について4つの視点から整理していきます。
1. 満たされる感覚を見直す
自分にとっての幸せを見つける方法の1つ目は、自分自身が満たされる感覚を見直すことです。
幸せを考えるとき、人はつい「何を手に入れたいか」から考えます。
- お金がほしい
- 愛されたい
- 認められたい
- 自由になりたい
それ自体は自然な望みですが、本当に見るべきなのは、その奥にある「何が満たされると幸せなのか」です。
お金がほしいのは、安心したいからかもしれません。
愛されたいのは、自分の存在を大切にされた感覚がほしいからかもしれません。
同じものを望んでいても、その奥にある「満たされたい感覚」は人によって違います。
だから、自分にとっての幸せを見つけるには、「何がほしいか」だけで止まらず、「それによって何が満たされるのか」まで見ていくことが必要です。
2. 羨ましさの奥の望みを見る
自分にとっての幸せを見つける方法の2つ目は、羨ましさの奥の望みを見ることです。
誰かを羨ましいと感じるとき、そこには自分の望みが隠れていることがあります。
- 結婚している人が羨ましい
- 自由に働いている人が羨ましい
- 楽しそうに生きている人が羨ましい
- 自分の好きなことで評価されている人が羨ましい
羨ましさは、自分にはないものを見せられる感覚なので、苦しく感じることもあります。
そこで自分を責めるのではなく、「私はその人の何を羨ましいと思ったのか」を見ると、自分の幸せの輪郭が見えてきます。
- 安定が羨ましいのか
- 自由が羨ましいのか
- 愛されている感じが羨ましいのか
羨ましさは、自分が本当は何を望んでいるのかを知らせてくれる感情です。
3. 安心と刺激のバランスを見る
自分にとっての幸せを見つける方法の3つ目は、安心と刺激のバランスを見ることです。
幸せには、安心の幸せと刺激の幸せがあります。
安心としてのの幸せは
- 落ち着くこと
- 守られていること
- 無理をしなくていいこと
- 日々が安定していること
刺激としての幸せは
- 挑戦すること
- 新しい世界を見ること
- 変化を感じること
- 心が動くこと
どちらが正しいという話でなく、バランスの問題です。
安心だけでは退屈になる人もいます。
刺激だけでは疲れ切ってしまう人もいます。
自分にとっての幸せは、安心と刺激をどんな配分にしたいのか考えてみましょう。
4. 幸せを許せない理由に気づく
自分にとっての幸せを見つける方法の4つ目は、幸せを許せない理由に気づくことです。
幸せになりたいと思っていても、心の奥で幸せを受け取ることに抵抗がある場合があります。
- 自分だけ幸せになっていいのかわからない
- 幸せになると、あとで失うのが怖い
- 幸せになったら、誰かを置いていく気がする
- うまくいくほど、不安になる
- 幸せな状態に慣れていない
こうした感覚があると、幸せを望むこと自体に無意識でストップがかかってしまいます。
すると必然的に、自分にとっての幸せを考えることすら、無意識で禁じてしまうのです。
もし「自分は幸せになってはいけない」のような感覚があるなら、その理由を考えてみましょう。
幸せになるには自分への理解が必要
ここまで、幸せとは何かという問いについて、心理学や幸福研究、哲学の定義をもとに整理してきました。
幸せは、昔から多くの人が考えてきたテーマで、心理学者や哲学者によってさまざまな定義がされてきましたが、全人類に共通する一つの答えを出しきるのは難しいものです。
だからこそ、自分にとっての幸せは何かを考えるときには、自分自身への理解が欠かせません。
ある人にとって幸せと感じられることが、自分にとっては苦痛に感じられることもあります。
多くの人が幸せだと考える生き方が、自分にとっては退屈に感じられることもあります。
その違いを無視したまま幸せを探しても、自分の心からは少しずつ離れていきます。
自分という存在を理解しながら、自分が本当に満たされる形を少しずつ見つけていくことで「幸せ」という感覚を深く感じられるようになるでしょう。