親子問題と聞くと、親との関係がうまくいっていない、顔を合わせると喧嘩になる、険悪な関係が続いているといった状態を思い浮かべる人も多いかもしれません。
けれど、一見すると親子関係にそれほど大きな問題がなくても、親からの期待に重圧を感じたり、期待に応えられないことを申し訳なく感じたりする人は少なくありません。
大人になれば、親と自分は別の人間で、それぞれに自分の人生があることは頭ではわかっています。
それでも「結婚はまだなの?」「子どもは考えていないの?」「今度のお正月は帰ってくるの?」といった何気ない言葉から親の期待を感じるたびに、胸の奥にプレッシャーやモヤモヤが残ることがあります。
実家に帰りたくないときの理由と親との距離の取り方については、実家に帰りたくないのはなぜ?帰省したくない本当の理由を探るで解説しています。
自分の人生なのだから自分で決めればいいと思う一方で、親をがっかりさせるのも嫌だと感じる。
そんなとき、心の中では何が起きているのでしょうか。
この記事では、親の期待に応えられないときに生まれる罪悪感と、その背景にある親子の愛情について解説していきます。
Contents
- 親からの期待をゼロにするのは難しい
- 親の期待に応えられないと申し訳なくなる理由
- 1. 親を喜ばせることが愛情だと感じている
- 2. 期待に応えることで認められてきた
- 3. 親の落胆を自分の責任だと感じている
- 親の期待に混ざる愛情と親の事情
- 1. 子どもの幸せを願う愛情
- 2. 親自身の幸せの基準
- 3. 親が叶えられなかった人生
- 4. 親自身の不安や願い
- 親の問題まで背負う苦しさ
- 1. 親の不安と自分の選択
- 2. 親の落胆と親不孝の混同
- 3. 親の感情を優先する生き方
- 親への愛情と自分の人生を分ける
- 1. 感謝と自己決定を分ける
- 2. 親の願いと自分の選択を分ける
- 3. 親の感情と自分の責任を分ける
- 罪悪感を人生の判断基準にしない
親からの期待をゼロにするのは難しい
親から期待されることがしんどくなると、「もう期待しないでほしい」「どうして私の人生なのに親が口を出してくるんだろう」と感じることがあります。
その気持ちが強くなるほど、親からの期待そのものをなくしたくなることもあるでしょう。
けれど、親から子どもへの期待を完全にゼロにするのは難しいものです。
親が子どもに向ける気持ちには、最初からさまざまな願いが含まれています。
たとえば、
- 元気に育ってほしい
- 幸せになってほしい
- 苦労の少ない人生を歩んでほしい
- 安心して暮らしてほしい
といった思いです。
もちろん、子どもが生まれた事情や親子関係は家庭によって異なります。
それでも、誰かを大切に思う気持ちの中には「こうなってほしい」「こうであってほしい」という願いが生まれやすく、愛情と期待を完全に切り離すことは簡単ではありません。
問題が起こりやすくなるのは、愛情と期待が強く混ざり合い、親が抱いている願いを子どもが叶えることまで求められるようになったときです。
子ども側が受け取るものも、愛情より「こうしてほしい」「こう生きてほしい」という期待の方が大きくなっていきます。
すると、本来は自分の人生について考える場面でも、「私はどうしたいのか」より先に「親はどう思うだろう」「親をがっかりさせないだろうか」と考えるようになります。
親から期待されることそのものと、その期待によって自分の人生が苦しくなることは、分けて考える必要があります。
ここからは、親の期待に応えられないときに生まれる罪悪感や、その奥にある親子の関係をもう少し詳しく見ていきましょう。
親の期待に応えられないと申し訳なくなる理由
では、なぜ私たちは親の期待に応えられないときに、申し訳なさや罪悪感を抱くのでしょうか。
同じように親から期待されても、どの程度負担に感じるか、その理由がどこにあるかは人によって違います。
ここでは、親の期待が心の負担になりやすい代表的な理由を3つ見ていきましょう。
1. 親を喜ばせることが愛情だと感じている
まず考えられるのが、親を喜ばせることと、親を大切にすることが強く結びついている場合です。
子どもの頃、何かができたときに親が喜んでくれたり、褒めてくれたりすると、子どもにとってそれは大きな喜びになります。
「お母さんが喜んでくれた」「お父さんがうれしそうだった」という経験を重ねる中で、親を喜ばせること自体が愛情表現のようになっていくこともあります。
その感覚を持ったまま大人になると、自分の選択によって親が喜ばないことに強い抵抗を感じやすくなります。
たとえば、自分は結婚したくないと思っていても、親が結婚を望んでいることを知っていると、「結婚しない」という選択そのものより、「親を悲しませる自分」に苦しさを感じることがあります。
親を喜ばせたいという気持ちは、親への愛情から生まれていることも多いものです。
そのため、自分の望む人生を選ぶことと親を大切にすることが心の中でぶつかり、どちらを選んでも何かを失うような感覚につながっていきます。
2. 期待に応えることで認められてきた
2つ目は、親の期待に応えることと、自分が認められることが結びついている場合です。
子どもは成長する中で、親の反応から「これは喜ばれる」「これは嫌がられる」といったことを少しずつ学んでいきます。
親が期待することをすると褒められ、反対すると機嫌が悪くなるといった経験が重なると、期待に応えることが親との関係を安定させる方法になっていくことがあります。
すると大人になってからも、
- 親が喜ぶ選択なら安心できる
- 親に反対されると自分の選択に自信がなくなる
- 親の期待から外れると自分が悪いように感じる
といった反応が起こりやすくなります。
本当は自分なりに考えて出した結論でも、親から反対された途端に「やっぱり私が間違っているのかな」と揺らいでしまうこともあるでしょう。
親から認めてもらうことと、自分の選択の正しさが強く結びついているほど、期待から外れることは単なる意見の違いでは済まなくなります。
自分自身を否定されたように感じたり、親との関係そのものが壊れるような不安につながったりするからです。
3. 親の落胆を自分の責任だと感じている
3つ目は、親ががっかりしたり悲しんだりすることまで、自分の責任だと感じている場合です。
親から「孫の顔を見たい」「せっかくここまで育てたのに」「そんな仕事を辞めたら心配で仕方がない」と言われると、その言葉を聞いた子ども側にもさまざまな感情が生まれます。
自分の選択によって親が悲しんでいるように見えれば、「私が何とかしなければ」と思うこともあるでしょう。
その状態が続くと、自分が何を選びたいかよりも、親を安心させることや機嫌を損ねないことの方が優先されるようになります。
そして親の期待に応えられなかったときには、「私は自分の人生を選んだ」という感覚より、「親を傷つけてしまった」という感覚の方が強く残ります。
ここには、自分の行動に対する責任と、親がその選択をどう感じるかという親側の感情が混ざっています。
親の期待に応えられない罪悪感を考えていくときには、自分の中で何が起きているかを見るだけでなく、親が抱いている不安や願いがどこから生まれているのかも見ていく必要があります。
親の期待に混ざる愛情と親の事情
親からの期待をゼロにするのが難しいのは、期待が愛情と密接に関わっているからです。
子どもを大切に思えば、「幸せになってほしい」「困らない人生を歩んでほしい」という願いが生まれるのは自然なことです。
一方で、その期待の中身をよく見ていくと、純粋に子どもの幸せを願う気持ちだけではなく、親自身の価値観や不安、叶えられなかった思いなどが混ざっていることもあります。
親から向けられている期待をすべて同じものとして受け取るのではなく、その中に何が含まれているのかを分けて考えてみると、親子の間で起きていることが見えやすくなります。
ここでは、親から子どもへ向けられる期待の中身を、代表的な4つに分けて見ていきましょう。
1. 子どもの幸せを願う愛情
1つ目は、純粋に「この子に幸せになってほしい」という愛情から生まれる期待です。
親になれば、自分の子どもにはできるだけ苦労をしてほしくない、健康でいてほしい、安心して暮らしてほしいと思うことがあります。
たとえば、
- 元気で健康に暮らしてほしい
- 自分を大切にしてくれる人と出会ってほしい
- 経済的に困らず生活してほしい
- できるだけつらい思いをせず幸せに生きてほしい
といった願いです。
こうした期待の中心にあるのは、子どもを自分の思い通りにしたいという気持ちよりも、子どもの幸せを願う愛情です。
だからこそ、親からの期待そのものをすべて悪いものとして切り離すことは難しいのでしょう。
誰かを大切に思えば、その人に幸せでいてほしいと願う。
親子の間でも、愛情の中から自然に期待が生まれることがあります。
2. 親自身の幸せの基準
2つ目は、親自身が考える「幸せな人生」を子どもにも歩んでほしいという期待です。
ここにも「幸せになってほしい」という愛情はあります。
ただし、何を幸せと考えるかには、その人が生きてきた時代や家庭環境、価値観が大きく影響します。
たとえば親にとって、
- 結婚して家庭を持つこと
- 子どもを産んで親になること
- 安定した会社で長く働くこと
- 持ち家を持つこと
などが「幸せな人生」の基準になっていることがあります。
そうすると親は、「あなたには幸せになってほしい」という気持ちから、「そろそろ結婚した方がいいんじゃない?」「そんな安定した会社を辞めるなんてもったいない」と言うことがあります。
親本人としては、子どものためを思って言っているのでしょう。
けれど、親が生きてきた時代の幸せと、今を生きる子どもが感じる幸せが同じとは限りません。
親の愛情の中に親自身の価値観が強く混ざると、「あなたに幸せになってほしい」という期待が、いつの間にか「私が幸せだと思う人生をあなたにも歩んでほしい」という期待へ変わっていくことがあります。
3. 親が叶えられなかった人生
3つ目は、親自身が叶えられなかった夢や人生を子どもに託す期待です。
親にも、子どもとは別に自分自身の人生があります。
その中には、やりたかったけれどできなかったことや、環境や事情によって諦めたことが残っている場合があります。
「本当はもっと勉強したかった」
「自分もあの仕事に就きたかった」
「もっと活躍したかった」
「もっと豊かな生活を送りたかった」
そんな思いを持っていると、自分が叶えられなかったものを子どもには叶えてほしいという気持ちが生まれることがあります。
受験や習い事、スポーツ、芸能活動などで、親の方が本人以上に熱心になるケースにも、こうした心理が混ざっていることがあります。
もちろん、子どもにさまざまな可能性を与えたいという愛情が含まれている場合もあります。
けれど、「私はできなかったからあなたにはやってほしい」という思いが強くなるほど、その期待は子どもの人生よりも親自身の未練に近づいていきます。
子どもがその道を望んでいるのかよりも、「自分が叶えられなかったものをこの子には叶えてほしい」という気持ちが中心になっていくからです。
4. 親自身の不安や願い
4つ目は、親自身が抱えている不安や願いを、子どもの選択によって満たそうとする期待です。
たとえば「孫の顔が見たい」という願いは、親自身が持っている人生の希望の1つです。
その願いを叶えるためには、子どもが結婚したり、子どもを持ったりする必要があります。
また、子どもが仕事を辞めようとしたときに強く反対する背景には、「この子が生活できなくなったらどうしよう」「将来困ったらどうしよう」という親自身の不安がある場合もあります。
こうした不安や願いそのものを持つことは、親にとって自然な感情です。
問題が起こりやすくなるのは、その感情を親自身が抱えるのではなく、子どもの人生を変えることで解消しようとするときです。
「私が安心するために、その仕事を辞めないでほしい」
「私が孫を抱きたいから、結婚して子どもを持ってほしい」
「私が心配だから、私の納得できる人生を選んでほしい」
このようになると、期待の中心は少しずつ子どもの幸せから親自身の安心や満足へ移っていきます。
そして子ども側がそれをすべて「親を安心させるのは自分の役目だ」と受け取ると、本来は親自身が向き合うべき不安や願いまで背負うことになります。
親の問題まで背負う苦しさ
では、親自身が抱えている不安や願いまで「自分が何とかしなければ」と背負ってしまうと、どんな苦しさが生まれるのでしょうか。
ここからは、代表的な3つを見ていきましょう。
1. 親の不安と自分の選択
1つ目は、親が不安になるたびに、自分の選択に自信が持てなくなることです。
自分ではよく考えて決めたつもりでも、親から「本当に大丈夫なの?」「そんなことをして後悔しない?」と言われると、急に不安になることがあります。
転職したいと思っていたのに、親に心配されると「今の会社にいた方がいいのかな」と迷い始める。
結婚しない人生を考えていたのに、「この先1人で大丈夫なの?」と言われると、自分の選択が間違っているような気がしてくる。
そんなふうに、親の不安が大きいほど、自分の中にも不安が入り込んできます。
その結果、自分が何を望んでいるのかよりも、「親が安心できる選択かどうか」で人生を決めるようになっていきます。
2. 親の落胆と親不孝の混同
2つ目は、親をがっかりさせることが、そのまま親不孝をしているように感じられることです。
親が結婚を望んでいるのに結婚しない。
孫を楽しみにしているのに子どもを持たない。
実家の近くにいてほしいと言われているのに遠くで暮らす。
そんな選択をするたびに、「親を悲しませている」「親に何も返せていない」という申し訳なさが生まれることがあります。
特に親に大切に育ててもらったという思いが強いほど、親の期待に応えないことが恩を返さないことのように感じられることもあります。
すると、自分の人生について何かを選ぶたびに、喜びよりも先に罪悪感が出てきます。
自分にとって望んでいた選択であっても、親が喜ばないというだけで、素直にその人生を選べなくなっていきます。
3. 親の感情を優先する生き方
3つ目は、自分がどうしたいかよりも、親がどう感じるかを優先するようになることです。
何かを決めようとするたびに、
- 親はどう思うだろう
- がっかりしないだろうか
- 心配をかけないだろうか
- 怒られたり反対されたりしないだろうか
と考えることが増えていきます。
本当は仕事を辞めたいのに、親が安心するから続ける。
本当は遠くで暮らしたいのに、親が寂しがるから実家の近くに残る。
本当は望んでいないことでも、親が喜ぶならそちらを選ぶ。
そうした選択を重ねていくうちに、自分の気持ちは少しずつ後回しになっていきます。
そしていつの間にか、「私は本当はどうしたいんだろう」と、自分の望みそのものがわからなくなることがあります。
親への愛情と自分の人生を分ける
親を大切にしたい気持ちがあるほど、親の期待と自分の人生は混ざりやすくなります。
ここでは、その2つを分けて考えるために、3つの違いを見ていきましょう。
1. 感謝と自己決定を分ける
1つ目は、親への感謝と、自分の人生をどう生きるかという自己決定を分けることです。
親に育ててもらったことや、大切にしてもらったことへの感謝は、親との関係の中にある気持ちです。
一方で、どんな仕事をするのか、誰と生きるのか、どこで暮らすのかといった選択は、自分の人生に関わる自己決定です。
親に感謝していることと、親と同じ価値観で人生を選ぶことは、それぞれ別のものです。
感謝は親への気持ちとして持ちながら、自分の人生については自分で考えて決めることができます。
2. 親の願いと自分の選択を分ける
2つ目は、親が願っていることと、自分が選ぶことを分けることです。
親には親なりに、子どもにこう生きてほしいという願いがあります。
「結婚してほしい」
「子どもを持ってほしい」
「安定した仕事を続けてほしい」
そうした願いを知れば、親が何を望んでいるのかを理解することができます。
一方で、自分がどんな人生を選ぶのかは、自分自身の希望や価値観、置かれている状況によって決まります。
親の願いを理解することと、その願いに沿った人生を選ぶことは別です。
親が望んでいることを知ったうえで、自分は違う選択をすることもできます。
3. 親の感情と自分の責任を分ける
3つ目は、親が感じることと、自分が負う責任を分けることです。
自分が何かを選んだとき、親が安心することもあれば、不安になったり寂しくなったりすることもあります。
その感情は、親が自分の価値観や経験を通して受け取った結果として生まれるものです。
自分が担うのは、自分で選んだ人生をどう生きていくかという責任です。
一方で、その人生を見て何を感じるのかは、親自身の心の中で起きていることです。
このように、親の感情と自分の責任を分けて考えることは、自分と相手との境界線(バウンダリー)を意識することにもつながります。
親の感情と自分の責任を分けて考えることで、親を大切に思う気持ちと、自分の人生を選ぶことを同時に持てるようになります。
罪悪感を人生の判断基準にしない
この記事では、親の期待に応えられないときに生まれる罪悪感について解説してきました。
親から子どもへの期待には、「幸せになってほしい」「困らない人生を歩んでほしい」という愛情が含まれていることがあります。
その一方で、親自身の価値観や不安、叶えられなかった思いが、期待として子どもに向けられていることもあります。
そして子ども側にも、親への愛情や感謝、がっかりさせたくない気持ちがあるからこそ、期待に応えられないことに罪悪感を抱くことがあります。
だから、罪悪感が生まれたときに、その気持ちそのものをなくそうとする必要はありません。
まずは「私は何に対して申し訳ないと感じているんだろう」と、その中身を見てみることです。
親を悲しませたくないのか。
これまで育ててもらった恩を返したいのか。
親の不安まで自分が何とかしなければならないと思っているのか。
親が望んでいた人生を、自分が叶えなければならないと感じているのか。
罪悪感の中身が見えてくると、親への気持ちと、自分の人生の選択を分けて考えやすくなります。
罪悪感があることは、親の期待に応えなければならないという意味ではありません。
親を大切に思いながら、親とは違う人生を選ぶこともできます。
親への愛情や感謝はそのまま持ちながら、自分の人生については、自分が納得できる選択をしていく。
親の期待に応えられない罪悪感を感じたときには、その罪悪感だけを人生の判断基準にせず、自分のために生きるとはどういうことかにも目を向けながら、自分はどう生きたいのかを考えてみてください。