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補償行動とは?埋め合わせの心理と具体例

補償行動とは?埋め合わせの心理と具体例

恋愛で満たされない気持ちを仕事の成果で埋めようとしたり、相手に申し訳ないという思いから、必要以上に尽くしてしまったり。

何かが足りないと感じたとき、その不足を別の行動で補おうとする心の動きに関係するのが「補償行動」という言葉です。

この記事では、補償行動の心理学的な意味を軸に、人が何を埋め合わせようとするのか、恋愛や仕事、人間関係でどのように現れるのかについて解説していきます。

Contents

補償行動とは?その定義を解説

補償行動とは、自分に不足していると感じるものや、失ったと感じるものを補おうとして取る行動を指します。

心理学では「補償」という言葉がさまざまな文脈で使われていますが、心の働きとしてよく知られているのがアドラー心理学の考え方です。

オーストリアの医師・心理学者アルフレッド・アドラー(Alfred Adler、1870–1937)は、人が自分の弱さや劣等感を補おうとする心理に注目しました。

例えば、体力に自信がない人が運動に取り組んだり、ある分野で劣等感を抱いた人が別の分野で能力を伸ばそうとしたりする行動です。

アドラー心理学では、このように劣等感を補おうとする心の働きを「補償」と呼びます。

また、社会心理学では、相手に迷惑をかけたと感じた人が、罪悪感から償いや埋め合わせをする行動にも「補償行動」という言葉が使われています。

この記事では、アドラー心理学における「補償」を中心に、人が何を埋め合わせようとするのか、その心理が恋愛や仕事、人間関係でどのように現れるのかを解説していきます。

人は何を補おうとするのか

補償行動を理解するうえで、まず気になるのは、人が何を埋め合わせようとしているのかという点です。

実際に不足している能力を補おうとする人もいれば、相手への負い目や、自分自身への評価が揺らいだことから行動する人もいるでしょう。

ここでは、補償的な行動につながる心理を3つに分けて見ていきます。

1. 劣等感や能力への不足感

まず考えられるのが、自分の能力や立場に対する劣等感を補おうとする心理です。

例えば、周囲の人と比べて仕事ができないと感じている人が、人一倍勉強したり、専門的な資格を取ったりして、自分の能力を高めようとする行動があります。

このように、本人が感じている不足を努力によって補おうとするのは、アドラー心理学でいう補償の代表的な形です。

一方で、能力そのものを高めるより、自分を優秀に見せることに力を注ぐ人もいます。他人より上に立つことや、相手に勝つことを通して、劣等感を感じずに済む状態を求めているのかもしれません。

同じように競争や努力をしていても、本人が目指しているものによって、行動の意味は変わってきます。

2. 罪悪感や負い目

2つ目は、誰かに対する罪悪感や負い目を埋め合わせようとする心理です。

例えば、仕事が忙しくて家族との時間を十分に取れなかった人が、休日に家族の希望を優先したり、普段より高価なプレゼントを贈ったりする場面を考えてみましょう。

家族を喜ばせたいという気持ちに加えて、「寂しい思いをさせた分を埋め合わせたい」という思いが行動につながっているのかもしれません。

罪悪感と補償行動の関係は、社会心理学でも研究されています。

2016年に『社会心理学研究』に掲載された古川善也らの研究では、罪悪感を抱いた参加者が、自分に配分する資源を減らして、被害を受けた相手への配分を増やすという結果が示されました。

罪悪感には、自分が損なったと感じる関係を修復しようとする働きがあります。

その気持ちが謝罪や埋め合わせにつながり、相手への行動として現れるのです。

3. 愛情や自己価値への不安

3つ目は、自分が愛されているか、価値のある存在なのかという不安を補おうとする心理です。

例えば、人から必要とされているときには自分に価値を感じられる一方で、誰にも頼られないと「自分には存在する意味がない」と感じてしまう人がいるとします。

その人にとって、周囲の期待に応えることや、誰かの役に立つことは、自分の価値を確かめるための手段にもなっているのでしょう。

恋愛でも、相手からの愛情に自信が持てないとき、自分から尽くしたり、相手が喜ぶことを探し続けたりする形で表れるかもしれません。

こうした行動では、相手を喜ばせるという目的とともに、愛される自分、必要とされる自分でいたいという思いも関わってきます。

自分自身への評価が不安定になったとき、何かの成果や他者からの反応を通して、その評価を補おうとする心理です。

補償行動は日常でどう現れるのか

補償行動は、必ずしも本人が「何かを埋め合わせよう」と意識して取るものばかりではありません。

日常では、努力や親切、責任感の強さなど、周囲から見れば自然な行動の中にも、補償的な心理が関わっています。

ここでは、恋愛や仕事で見られる3つの具体例を紹介します。

1. 恋愛の満たされなさを仕事で補う

恋愛や夫婦関係で満たされない気持ちを抱えている人が、その不足を仕事での成功によって補おうとする形があります。

例えば、パートナーから愛情を感じられず、「私は女性として魅力がないのかもしれない」と感じている人がいるとします。

恋愛では自信を持てなくても、仕事なら努力が成果につながり、周囲から評価される。そのため、仕事で認められることが、自分自身の価値を確かめる大きな支えになっていきます。

恋愛で失った自信を、別の分野での成功によって補おうとする心理です。

心理学では、自己評価が脅かされた領域とは別の領域で自分の価値を確かめる働きも研究されており、こうした領域をまたぐ補償は、自己評価を維持する心理と関係しています。

仕事に打ち込む理由には、純粋な興味や達成感、生活上の必要性など、さまざまなものがあります。その中に、恋愛で感じている不足を補いたいという気持ちが含まれているなら、補償という視点からも理解できるでしょう。

2. 罪悪感から相手に尽くし続ける

相手に申し訳ないという気持ちから、自分の負担を増やしてまで尽くし続けるのも、補償的な行動として考えられる例です。

例えば、恋人と喧嘩をしたあとに「俺がこんなにつらいのはお前のせいだ」と言われた人がいるとします。

その言葉を受けて、自分が相手を苦しめていると感じるようになり、相手の機嫌を取ったり、要求に応えたりすることが増えていく。

具体的には、次のような行動です。

  • 疲れていても相手の希望を優先する
  • 相手が不機嫌になると、自分から謝って関係を修復しようとする
  • 自分の時間やお金を使って、相手の不満を埋め合わせようとする

こうした行動の背景に、「自分が悪いのだから、もっと相手に尽くさなければ」という気持ちがあるなら、罪悪感を埋め合わせようとする心理が働いていると考えられます。

ここで注目したいのは、本人が罪悪感を抱いているという事実と、本当にその人に責任があるかどうかは別の問題だという点です。

実際に相手を傷つけたことへの償いなのか、関係の中で繰り返し責められてきたために感じる負い目なのかによって、同じ尽くす行動でも、その背景は異なります。

3. 自分の価値を証明しようと頑張り続ける

補償行動は、自分の価値を証明するために努力し続ける形でも現れます。

例えば、職場で人より多くの仕事を引き受け、残業を重ね、周囲から頼られることに強い充実感を覚える人がいるとします。

仕事を任されることがうれしい一方で、何も成果を出していないときには、自分の存在価値まで失われたように感じてしまう。

この人にとって、成果を出すことや必要とされることは、仕事上の目標であると同時に、自分自身を肯定するための手段にもなっています。

自分の価値を十分に感じられない状態を、外側の評価や実績によって補おうとしているのです。

そのため、成果を上げても次の目標が必要になったり、評価されている間だけ安心できたりするような心理につながります。

頑張り続けるという行動の奥には、達成したいという意欲だけでなく、自分の価値を失いたくないという不安も重なっています。

罪悪感によるコントロールとの関係

補償行動を考えるうえで、もう1つ関係が深いのが、罪悪感を通じた人間関係への影響です。

罪悪感は、自分が相手にしたことを償おうとする気持ちにつながりますが、人間関係の中では、相手から罪悪感を抱かされることで行動が変わる人もいます。

ここでは、罪悪感によって相手に尽くす側と、相手に罪悪感を与えて行動を変えようとする側を分けて考えてみます。

1. 罪悪感を与えられて相手に尽くす側

相手から繰り返し責められることで、必要以上の責任を感じ、その負い目を埋め合わせようとする人がいます。

例えば、パートナーから「俺はお前のためにこんなに我慢している」「俺のことが大事なら、それくらいできるだろう」と言われ続けるような関係です。

相手の要求に応えられないと、自分が冷たい人間のように感じられ、無理をしてでも期待に応えようとする。

本人の中では、相手に尽くす行動と、罪悪感から解放されたい気持ちが結びついています。

最初は相手を喜ばせたいという思いだったとしても、次第に「相手を不機嫌にさせないため」「責められないため」に行動するようになれば、尽くすことの意味も変わってきます。

自分がどこまで責任を負うべきなのかが曖昧な関係では、相手の不満を埋め合わせることが終わらず、補償的な行動が繰り返されやすくなります。

2. 罪悪感を与えて相手を動かそうとする側

反対に、相手に罪悪感を抱かせることで、自分の望む行動を引き出そうとする人もいます。

例えば、「私がこれだけ尽くしているのに、あなたは何もしてくれない」と繰り返し伝え、相手が自分の要求に従うように働きかけるケースです。

心理学では、このように相手の罪悪感を引き起こす働きかけを、ギルト・インダクション(guilt induction/罪悪感の喚起)と呼びます。

罪悪感と要求への応諾との関係を調べた研究では、罪悪感を喚起する働きかけが、相手の要求に応じる行動を増やすことが示されています。

例えば、相手が自分から離れていくことを強く恐れている人が、その不安を和らげるために、相手が離れにくくなるような言葉を使うケースも考えられます。

この場合、相手の行動をコントロールしようとする働きかけの背景には、愛情を失う不安や無力感を補いたいという心理が関わっている可能性があります。

罪悪感を与えて相手を動かす行為は、心理学的には「罪悪感の喚起」という対人的な働きかけです。補償行動そのものと同じ概念ではなく、相手をコントロールする側が何を補おうとしているのかは、その人の動機や関係の背景によって異なります。

補償行動と似ている心理の違い

補償行動と似た言葉に「代償行為」「代償行動」「過剰補償」があります。

いずれも何かを補うという意味に関係しますが、心理学では、それぞれ注目する部分が少しずつ異なります。

ここでは、補償行動との違いを整理していきます。

1. 代償行動・代償行為との違い

代償行動とは、ある欲求や目標が満たされないとき、代わりとなる別の行動によって欲求を満たそうとすることを指します。「代償行為」という言葉も、ほぼ同じ意味で使われています。

例えば、旅行に行きたくても時間が取れない人が、近場の観光地を訪れることで、その欲求を満たそうとする行動です。

一方、補償行動は、自分が不足していると感じる能力や価値、損なったと感じる関係などを補おうとする心理に焦点があります。

恋愛で愛されていないと感じた人が、仕事で成功することで自分の価値を確かめようとする例では、恋愛以外の領域に満足を求めているという点で、代償行動と共通しています。

同時に、自己評価の不足を仕事での成功によって補おうとしているという点では、補償行動としても理解できます。

代償行動では「満たされなかった欲求を何で代えるか」、補償行動では「何を不足と感じ、何によって補おうとするか」に注目すると、それぞれの特徴が見えやすくなります。

2. 過剰補償との違い

過剰補償とは、自分の弱さや劣等感を補おうとする働きが、過度に強まった状態を指します。

例えば、自分の能力に自信がない人が、その不足を補おうとして努力を重ねるのは補償です。

一方、自分が劣っていると感じることに耐えられず、常に他人より優秀であることを示そうとしたり、周囲を見下すことで自分の優位性を確かめようとしたりする行動には、過剰補償の心理が関係していると考えられます。

アドラー心理学では、こうした劣等感を隠すために、自分を優れた存在として見せようとする状態を「優越コンプレックス」としても説明しています。

補償が不足を補おうとする働きを広く表すのに対し、過剰補償は、その働きが過度に強まっている点に特徴があります。

仕事で成果を上げる、努力を重ねる、人に親切にするといった行動も、その量だけで過剰補償かどうかが決まるわけではありません。

何を補うために行動しているのか、その目的がどこまで強くなっているのかが、両者を理解するうえでの違いになります。

同じ行動でも埋め合わせようとするものは違う

この記事では、補償行動の意味や背景、恋愛や仕事での現れ方、罪悪感によるコントロールとの関係について解説してきました。

人に尽くす、努力を重ねる、仕事で成果を上げるといった行動には、それぞれ異なる目的や心理が関わっています。

誰かを喜ばせたいと思って尽くす人もいれば、罪悪感を埋め合わせるために尽くす人もいるでしょう。自分の能力を伸ばしたくて努力する人もいれば、何かを達成していなければ自分に価値を感じられないという不安から頑張り続ける人もいます。

また、人間関係では、本人が感じている罪悪感が実際の責任に基づくものなのか、相手との関係の中で強く抱くようになったものなのかによっても、行動の背景が変わってきます。

補償行動という概念が示しているのは、目に見える行動と、その人が心の中で埋め合わせようとしているものとの関係です。

同じように見える努力や親切の中にも、それぞれ異なる不足感や願いが重なっている。補償という心理を知ることで、これまで当たり前に繰り返してきた行動にも、別の意味が見えてくるのです。