「私の場合」が見つかる、 人生を読み解く知の倉庫。 自己対話の図書館 INNER DIALOGUE LIBRARY

転移とは?人間関係に過去が重なる心理

転移とは?人間関係に過去が重なる心理

なぜかこの人にだけ強く認められたくなる。

それほど怖い相手ではないのに、否定される気がして身構えてしまう。

恋人が少し距離を取っただけで、見捨てられるような不安を感じる。

こうした反応には、目の前の相手との関係だけでなく、過去の重要な人との関係が重なっていることがあります。

心理学では、このように過去の人間関係で生まれた感情や期待が現在の相手との関係に持ち込まれる心の動きを「転移」と呼びます。

この記事では、転移の定義や心の中で起きていること、陽性転移・陰性転移、日常の人間関係での現れ方、投影や逆転移との関係について解説していきます。

Contents

転移とは?その定義を解説

転移(transference)とは、過去の重要な人物に向けていた感情や期待、願望などが、無意識のうちに現在の相手へ向けられる心理現象です。

もともとは精神分析の中で発展した概念で、特に患者が親などの重要な人物との関係を治療者との関係に重ねる現象として研究されてきました。

現在では、心理療法の場だけに限らず、日常の人間関係の中でも起こりうる心の動きとして捉えられています。

たとえば、子どもの頃、厳しい父親の前ではいつも怒らせないように顔色をうかがっていた人がいたとします。

大人になってから父親とどこか似た雰囲気の上司に出会うと、その上司から強く叱られたわけではないのに、「この人には逆らえない」「機嫌を損ねてはいけない」と必要以上に身構えてしまうことがあります。

このとき本人は、現在の上司だけに反応しているつもりでも、その関係の中には父親に対して感じていた怖さや緊張、相手の顔色をうかがう反応が重なっています。

このように、過去の重要な人との関係で生まれた感情や期待が、現在の相手との関係の中でも動き出すことを転移といいます。

転移では何が起きているのか

では、転移と呼ばれる状況では、私たちの心の中で何が起きているのでしょうか。

転移は無意識に起こるため、本人がその場で「いま転移している」と気づくことはそう多くありません。

本人には、目の前の相手そのものを見て「優しそう」「信頼できそう」「なんとなく怖い」「この人には逆らわない方がよさそう」と、ごく普通に判断しているように感じられます。

その一方で、その感じ方には現在の相手について知っていることだけでなく、過去の重要な人との関係で作られた感情や期待が入り込んでいることがあります。

では、本人が気づかないところで、過去の関係はどのように現在の相手へ重なっていくのでしょうか。

ここからは、転移が起こるプロセスを3つに分けて見ていきます。

1. 過去の重要な人との関係が呼び起こされる

最初に起きるのは、現在の相手との関わりをきっかけに、過去の重要な人との関係が呼び起こされることです。

親や養育者、きょうだい、教師、友人、過去の恋人など、自分にとって重要だった人との関係では、その人に対して感じていたことだけでなく、「この人の前ではどう振る舞うか」「この人は自分をどう扱う人か」といった関係の感覚も作られていきます。

現在の相手に、過去の重要な人と似た雰囲気や立場、話し方、関わり方などがあると、その関係で経験していた感情や反応が呼び起こされることがあります。

本人が「この人は父親に似ている」と意識的に考えるより先に、緊張する、安心する、身構えるといった反応として表れる場合もあります。

2. 過去の感情や期待が現在の相手に向けられる

過去の関係が呼び起こされると、その相手に向けていた感情や期待も、現在の相手との関係の中で動き始めます。

たとえば、親からなかなか認めてもらえなかった経験がある人が、上司から評価されることを強く求めることがあります。

過去の恋愛で突然別れを告げられた人が、現在の恋人との関係でも「いつか離れていくのではないか」という不安を強く感じることもあります。

本人には、どちらも現在の上司や恋人に対して自然に感じている気持ちに思えます。

その中には、今の相手との関係で生まれた感情だけでなく、過去の関係から持ち越された感情や期待が重なっている場合があります。

3. 現在の相手を過去の関係を通して見る

こうして過去の感情や期待が重なると、現在の相手の言動も、その関係を通して受け取りやすくなります。

たとえば、少し表情が硬いだけの上司を見て「怒っている」「自分に不満がある」と感じたり、親切にしてくれた相手に対して早い段階から「この人なら自分をわかってくれる」と強い信頼を感じたりすることがあります。

実際に相手がどんな人なのかという情報に、過去の人間関係から作られた相手の見方が重なっている状態です。

転移が起きているときには、過去の関係がひとつのフィルターとなり、そのフィルターを通して現在の相手を見ていることがあります。

転移にはどんな種類がある?

精神分析では、転移の中で表れる感情の方向によって、陽性転移と陰性転移という区別がされています。

どちらも、過去の重要な人物に向けていた感情が現在の相手との関係に表れている点では共通しています。

1. 陽性転移|肯定的な感情が表れる

陽性転移では、愛情や親しみ、尊敬、理想化などの肯定的な感情が相手に向けられます。

治療者に強い信頼や愛着を感じたり、まだそれほど相手を知らない段階から「この人なら自分をわかってくれる」と感じたりするなどです。

過去の重要な人に求めていた愛情や承認が、現在の相手との関係の中に表れている場合があります。

2. 陰性転移|否定的な感情が表れる

陰性転移では、怒りや敵意、反発などの否定的な感情が相手に向けられます。

相手がまだ何もしていない段階から強く警戒したり、少し注意されただけで激しい反発を感じたりするとき、過去に自分を傷つけた人物との関係が重なっているなどです。

同じ人物に対して、肯定的な感情と否定的な感情の両方が動くこともあります。

今の相手に誰との関係が重なる?

ここまで、転移が起きるしくみについて見てきました。

転移は、目の前の誰に対しても同じように起きるというより、現在の相手と過去の重要な人物との間に、似た役割や関係性があるときに起こりやすくなります。

「愛される」「評価される」「頼る」「競う」「従う」といった関係の中で、過去に経験した感情や期待が呼び起こされ、現在の相手との関係に重なっていきます。

そのため、恋人には親や元恋人、上司には親や過去の権威者というように、現在と過去の関係にはある程度共通するパターンが見えてきます。

ここからは、現在のどんな相手に過去の誰との関係が重なりやすいのか、代表的な4つの組み合わせを見ていきます。

1. 恋人・パートナー|親や元恋人

恋人やパートナーとの関係には、親や養育者との愛着関係や、過去の恋愛関係で作られた感情や期待が重なりやすくなります。

恋愛では、愛されること、頼ること、安心すること、離れていかれること、拒絶されることなど、幼い頃から親密な関係の中で経験してきたテーマが再び動きます。

親との関係で見捨てられることへの不安を強く抱いてきた人は、恋人が少し距離を取っただけでも強く不安になりやすく、過去の恋人に裏切られた経験があれば、現在のパートナーにも同じ結末を予想しやすくなります。

現在の恋人を親や元恋人と同じ人物だと思っているわけではありません。

親密な相手との間で作られてきた「愛されるとはどういうことか」「相手は自分をどう扱う人なのか」という感覚が、新しい恋愛関係の中でも働いているのです。

恋愛で同じパターンを繰り返すと感じるときには、こうした過去の親密な関係との重なりも背景のひとつになります。

2. 上司・先生|親や権威者

上司や先生との関係には、親や教師など、過去に自分を評価したり指導したりしていた人物との関係が重なりやすくなります。

親の期待に応えることで認められてきた人なら、上司からの評価にも強く反応しやすくなります。

厳しい親や教師の前でいつも身構えていた人なら、現在の上司がそれほど威圧的でなくても、「怒らせてはいけない」「逆らわない方がいい」と感じやすくなります。

現在の上司との関係に、過去の「評価する人と評価される自分」という関係が重なることで、実際の出来事以上に承認を求めたり、批判を恐れたり、反発したりする反応につながります。

3. 友人・同僚|きょうだいや過去の友人

友人や同僚のような比較的対等な関係には、きょうだいや過去の友人との間で作られた関係が重なりやすくなります。

きょうだいといつも比べられてきた人なら、同僚との競争にも敏感になりやすくなります。

過去に友人グループから仲間外れにされた経験が強く残っていれば、現在の友人関係でも「自分だけ外されるのではないか」という感覚が動きやすくなります。

ここで共通しているのは、「同じ立場の相手と競う」「仲間として選ばれる」「集団の中で自分の居場所を持つ」といった関係のテーマです。

相手そのものが昔の友人やきょうだいに似ていなくても、関係の中で同じ位置に置かれることで、過去の感情が呼び起こされます。

4. カウンセラー・支援者|親や教師

カウンセラーや支援者との関係には、親や教師など、自分を支えたり導いたりしてきた人物との関係が重なりやすくなります。

「この人なら自分をわかってくれる」と強く期待する人もいれば、相手の言葉を批判や否定として受け取り、強く反発する人もいます。

支援を受けるという関係そのものが、かつて誰かに守られた経験や、反対に理解してもらえなかった経験を呼び起こすためです。

精神分析では、患者が治療者との関係に過去の重要な人物との関係を重ねる現象が、転移を理解するうえで中心的に扱われてきました。

カウンセラーや治療者との関係は、転移が特に観察されやすい場面のひとつです。

転移と逆転移の関係

転移と関係の深い概念に「逆転移(countertransference)」があります。

転移が患者から治療者へ向かう感情や期待を表すのに対し、逆転移は治療者側に生じる感情や反応を指します。

患者との関わりによって、治療者が強く助けたいと感じたり、特定の相手にだけ苛立ちを覚えたりする反応も逆転移として扱われます。

転移と逆転移は、治療関係の中で双方に起きる心の動きを理解するための関連概念です。

転移と投影の違い

転移と混同しやすい心理概念に「投影」があります。

投影とは、自分の中にある感情や性質、衝動などを相手のものとして捉える心理過程です。

自分が相手に腹を立てているときに、その感情を自分のものとして意識せず、「相手が自分に敵意を持っている」と感じるような形で表れることがあります。

転移で現在の相手に重なるのは、過去の重要な人物との関係です。

厳しい父親との関係を上司に重ね、「この人も自分を否定するはずだ」と感じるような場合は、過去の関係が現在へ持ち込まれています。

投影では「自分の中にあるものが相手にあるように見える」のに対し、転移では「過去の人間関係が現在の相手との関係に重なる」という違いがあります。

実際の心理過程では両者が重なって現れることもあります。

転移に気づく手がかり

転移は基本的に無意識のうちに起こるため、本人はその場では「自分はいま転移している」と認識していないのが普通です。

目の前の相手に対して感じている好意や不安、警戒心なども、その人自身を見て自然に生まれた感情のように感じられます。

転移に気づくきっかけになりやすいのは、現在の出来事だけでは説明しにくい感情の強さや、何度も繰り返している人間関係のパターンです。

ここからは、転移が起きている可能性を考える手がかりを3つ見ていきます。

1. 周囲との温度差に気づく

転移が起きている最中は、自分の反応が強すぎるとは感じにくいものです。

本人には「それだけ相手が怖い」「それだけひどいことを言われた」と、現在の相手に対する自然な反応のように感じられています。

違和感が生まれやすいのは、その反応を誰かに話したときです。

友人から「そこまで怖がるようなことかな」「ちょっと反応が強くない?」と言われたり、同じ上司と接している同僚がそれほど身構えていないことに気づいたりすると、自分と周囲の受け取り方に差があることが見えてきます。

その温度差は、現在の出来事だけでは説明しきれない感情が自分の中で動いていることに気づく手がかりになります。

そこから、目の前の相手だけでなく、過去の誰かとの関係が重なっていないかという視点が生まれます。

2. 相手の実像と自分の印象がずれる

転移が起きているとき、本人には「この人は怖い」「この人は自分を否定する」といった印象が、相手を見たうえでの自然な判断に感じられています。

その見方に違和感が生まれるのは、実際に相手と関わる中で、自分が思っていた人物像とは違う面が何度も見えてきたときです。

「怖い人だと思っていたのに、意見を言っても普通に聞いてくれる」「自分を嫌っていると思っていたのに、実際には特に冷たく扱われていない」といったズレが重なると、自分が最初から相手に何かを重ねて見ていた可能性が浮かんできます。

相手について実際にわかってきたことと、自分の中にある強い人物像がなかなか一致しない。

そのズレも、現在の相手を過去の関係を通して見ていないかを振り返る手がかりになります。

3. 似た人間関係を繰り返している

相手は毎回違うのに、人間関係の中で似た展開が繰り返されていることも、転移を考える手がかりのひとつです。

いつも強く認めてもらおうとして疲れてしまう、親しくなると相手に捨てられる不安が強くなる、権威のある人には最初から反発してしまうなど、相手が変わっても同じ関係の形が現れることがあります。

同じパターンが繰り返されているときには、現在の相手だけではなく、過去の誰との関係がその反応に重なっているのかという視点が生まれます。

転移に気づくとフラットに他者を見られる

この記事では、転移とは何か、どのような関係で起こりやすいのか、そして自分の中で起きている転移に気づく手がかりについて解説してきました。

転移は、過去の重要な人との関係で生まれた感情や期待が、無意識のうちに現在の相手との関係に重なる心の働きです。

そのため本人には、目の前の相手をそのまま見て判断しているつもりでも、実際には過去の経験から作られたフィルターを通して相手を見ていることがあります。

転移そのものを完全になくすことより、自分がどんな相手に強く反応し、どんな人物像を重ねやすいのかに気づくことで、現在の相手と過去から持ち込んでいるものを分けて捉えやすくなります。

それまで「この人は怖い人だ」「この人なら自分をわかってくれる」と感じていた相手を、少しずつその人自身として見られるようになることが、転移に気づく意味のひとつです。