「何をしても変わらない」「どうせやっても無駄」と感じると、人は少しずつ動く気力を失いやすくなります。
最初は何とかしようとしていたのに、努力しても状況が変わらない経験が重なるうちに、いつしか試す前から諦めるようになる。心理学では、このような変化を「学習性無力感」という概念で説明してきました。
この記事では、学習性無力感の意味や生まれる仕組み、日常的な諦めとの違い、現在の研究でわかっていることについて解説していきます。
Contents
- 学習性無力感とは?その定義を解説
- 学習性無力感が生まれる仕組み
- 1. 自分では変えられない経験が続く
- 2. 行動しても結果は変わらないと学習する
- 3. 変えられる状況でも行動しにくくなる
- 学習性無力感に見られる特徴
- 1. 試す前から諦めやすくなる
- 2. 行動する意欲が低下する
- 3. 自分にはどうにもできないと感じる
- 日常の諦めとの違い
- 1. 一時的に諦めることとは異なる
- 2. 統制できないという学習が関係する
- 3. 状況が変わっても影響が残ることがある
- 現在の研究から見る学習性無力感
- 1. 古典的な学習性無力感の考え方
- 2. 制御可能性をめぐる現在の理解
- 3. 人間への適用で注意したいこと
- 自己効力感や燃え尽きとの違い
- 1. 自己効力感は自分の能力への認識
- 2. 学習性無力感は結果の制御可能性への認識
- 3. 燃え尽きは慢性的なストレスとの関係を見る
- 学習性無力感から抜け出すには
- 1. 自分で変えられる範囲を見つける
- 2. 行動と結果がつながる経験を増やす
- 3. 努力では変えられない環境を切り分ける
- 「何をしても無駄」の背景にあるもの
学習性無力感とは?その定義を解説
学習性無力感とは、自分の行動では結果を変えられない経験が続いたあと、状況が変わっても「何をしても無駄だ」と感じ、行動を起こしにくくなる状態を指します。
この心の動きを説明するとき、よく使われるのが「ノミと瓶」のたとえ話です。
高く跳べるノミを、低いところに蓋をした瓶の中に入れると、跳ぶたびに蓋へぶつかります。何度もそれを繰り返すうちに、ノミは蓋にぶつからない高さまでしか跳ばなくなり、やがて蓋を外しても以前のようには高く跳ばなくなるという話です。
これは学習性無力感を証明した実際の心理学実験として知られている話ではなく、考え方をイメージしやすくするために広まったたとえです。
ポイントは、蓋がなくなっているのに「どうせここまでしか跳べない」という過去の経験が、その後の行動にも残っているところにあります。
人でも、何度工夫しても結果が変わらない、意見を伝えても何も動かない、どちらを選んでも同じ結末になるといった経験が続くと、「次は変わるかもしれない」と考えるより、「自分が何をしても結果は同じだ」と予測しやすくなります。
心理学では、このように自分の行動と結果とのつながりを感じられなくなり、その感覚が次の行動にも影響していく心の仕組みを学習性無力感と呼びます。
英語ではラーンド・ヘルプレスネス(learned helplessness)といい、1960年代からアメリカの心理学者マーティン・セリグマンとスティーヴン・マイヤーらによって研究されてきました。
学習性無力感が生まれる仕組み
学習性無力感を理解する鍵になるのが、「自分の行動によって結果を変えられるか」という感覚です。
嫌な出来事や失敗を経験しただけで学習性無力感になるわけではありません。何をしても同じ結果になる経験が続き、「自分の行動には意味がない」と感じるところから、その後の行動が変わっていきます。
ここからは、その流れを3つに分けて見ていきます。
1. 自分では変えられない経験が続く
最初にあるのは、自分なりに動いているのに状況が変わらない経験です。
- 仕事でどれだけ努力しても評価が変わらない
- 相手に何度気持ちを伝えても聞き入れてもらえない
- 方法を変えても同じ失敗が続く
こうした経験では、「うまくいかなかった」という結果以上に、「自分が何を選んでも結果が変わらなかった」という感覚が残ります。
心理学では、自分の反応とその後に起きる結果が結びついている状態を「随伴性がある」と表現します。反対に、何をしても結果が変わらなければ、自分の行動と結果とのつながりを感じにくくなります。
2. 行動しても結果は変わらないと学習する
同じような経験が続くと、次第に「やっても変わらない」という予測が生まれます。
私たちは新しい行動をするときにも、過去の経験をもとに結果を予測しています。以前に何度も行動して、それでも何も変わらなかったなら、「今回も同じだろう」と考えるのは自然な流れです。
人間の学習性無力感を研究する中では、出来事そのものだけでなく、その原因をどう受け止めるかも注目されるようになりました。
1978年に心理学者リン・アブラムソン、マーティン・セリグマン、ジョン・ティーズデイルが発表した改訂学習性無力感理論では、「今回だけのこと」と考えるのか、「これからもずっと続く」と考えるのか、「この場面だけ」と考えるのか、「何をしても全部同じ」と考えるのかによって、無力感の広がり方や続き方が変わると整理されています。
3. 変えられる状況でも行動しにくくなる
学習性無力感が強くなると、以前とは状況が変わっていても、「どうせ変わらない」という予測が先に立ちやすくなります。
- 今なら別の方法を選べる
- 環境が変わって、以前より自由に動ける
- 誰かに相談すれば助けてもらえる
実際には選択肢が増えていても、その違いを確かめる前に諦めてしまえば、新しい状況で「今度は変えられた」と知る機会も減っていきます。
過去の環境では正しかった「何をしても変わらない」という学習が、環境が変わったあとにも残っている。そこに学習性無力感の大きな特徴があります。
学習性無力感に見られる特徴
学習性無力感は、単にやる気がなくなる現象ではありません。
行動を起こす力だけでなく、「次はどうなるだろう」という予測や、自分と状況をどう見るかにも影響します。
代表的な特徴を3つ見ていきましょう。
1. 試す前から諦めやすくなる
1つ目は、実際に試して結果を確かめる前から「無理だろう」と考えやすくなることです。
以前に何度も失敗していると、新しい方法を思いついても、「これもきっと同じ」と感じやすくなります。
すると、本当に無理なのかを確かめる前に行動が止まります。その結果、「やってみたら違った」という新しい経験も生まれにくくなります。
外から見れば「諦めが早い」「挑戦しない」と映っても、その前には何度やっても変わらなかった経験が積み重なっているかもしれません。
2. 行動する意欲が低下する
2つ目は、「動いても意味がない」という感覚から、行動そのものが減っていくことです。
人が何かをしようと思えるのは、自分が動くことで何らかの違いが生まれると感じているからです。
- 勉強すれば少しわかるようになる
- 話せば相手に伝わるかもしれない
- 方法を変えれば前よりうまくいく
こうした「行動した先に変化がある」という感覚が弱くなると、がんばる理由も見つけにくくなります。
新しい方法を探すことも、誰かに助けを求めることも、もう一度挑戦することも減りやすくなります。
3. 自分にはどうにもできないと感じる
3つ目は、特定の出来事だけでなく、「自分にはどうにもできない」という感覚が広がっていくことです。
例えば、ある職場で何をしても評価されなかった経験から、「この会社では評価されない」と考える人もいれば、「私はどこへ行っても評価されない」と考える人もいます。
同じ出来事でも、どこまで広く捉えるかによって、その後への影響は変わります。
人間の学習性無力感では、このような出来事の受け止め方も研究されてきました。1つの失敗を「自分には何をしても無理だ」という広い結論につなげるほど、別の場面でも無力感が続きやすいと考えられています。
日常の諦めとの違い
「もうやめよう」と決めることは、日常の中でも珍しくありません。
続けても得るものが少ないと判断して手放すことと、学習性無力感によって動けなくなることは、見た目だけでは似ています。
違いを3つの視点から整理します。
1. 一時的に諦めることとは異なる
1つ目の違いは、「何を諦めているのか」です。
「この方法ではうまくいかないから別の方法を試そう」と考えているなら、諦めているのは1つの方法です。行動そのものを諦めているわけではありません。
一方、学習性無力感では、「方法を変えても同じ」「自分が動いても変わらない」という見方が強くなります。
「これはやめる」と「何をしても無駄」は、同じ諦めに見えても中身が違います。
2. 統制できないという学習が関係する
2つ目の違いは、「自分の行動で結果を変えられない」という経験が関わっている点です。
失敗しても、「次はやり方を変えればいい」と思えるなら、まだ自分の行動と結果とのつながりを感じています。
何をしても同じ結果が続けば、そのつながりが見えにくくなります。
学習性無力感の「学習」という言葉には、こうした経験を通して「自分では変えられない」と予測するようになるという意味が含まれています。
3. 状況が変わっても影響が残ることがある
3つ目の違いは、以前の経験が新しい状況にも影響することです。
長く「何を言っても聞いてもらえない」環境にいた人が、話を聞いてくれる相手と出会っても、最初から何も言わなくなる。何度努力しても評価されなかった人が、評価基準の違う職場へ移っても、「がんばっても同じ」と感じて力を出せなくなる。
環境は変わっているのに、過去に身についた予測だけが残っている状態です。
学習性無力感の研究では、このように制御できなかった経験が、その後の行動にどう持ち越されるのかが長く調べられてきました。
現在の研究から見る学習性無力感
学習性無力感は50年以上研究されているため、現在の説明は初期の理論とまったく同じではありません。
特に近年は、「無力さを学ぶ」という説明だけでなく、「自分で変えられると学ぶこと」にも注目が集まっています。
研究の変化を3つに分けて見ていきます。
1. 古典的な学習性無力感の考え方
学習性無力感の研究は、逃げられない嫌な刺激を経験した動物が、その後は逃げられる状況になっても逃げようとしにくくなるという実験から始まりました。
初期の研究者たちは、「自分が何をしても結果は変わらない」と学んだために、その後も行動を起こさなくなったと考えました。
そこから学習性無力感の影響は、主に次のように整理されてきました。
- 行動を起こす意欲が下がる
- 新しい行動と結果の関係を学びにくくなる
- 不安や落ち込みなど感情面にも影響が出る
その後は人間を対象にした研究も進み、「何をしても変わらない」という経験だけでなく、その経験を本人がどう解釈するのかまで含めて考えられるようになりました。
2. 制御可能性をめぐる現在の理解
その後の研究によって、初期の説明は少しずつ見直されてきました。
2016年にマイヤーとセリグマンが心理学誌『Psychological Review』に発表したレビューでは、少なくとも動物実験については、「無力になることを新しく学習する」というより、強いストレスが続くと受け身の反応が起こりやすくなり、「自分で状況を変えられる」という経験がその反応を抑えると説明されています。
つまり現在は、「なぜ無力になるのか」だけではなく、「どういう経験から自分には変えられると学ぶのか」という制御可能性にも目が向けられています。
3. 人間への適用で注意したいこと
3つ目は、実験で確かめられた現象と、人間の日常生活をそのまま同じものとして扱わないことです。
学習性無力感の出発点となった研究や、その後の「制御できる感覚」を調べた研究には、動物を対象にしたものが多く含まれています。
一方、人間は出来事に意味をつけます。同じ失敗を経験しても、「今回は条件が悪かった」と考える人と、「自分には何をしても無理だ」と考える人では、その後の受け止め方が違います。
1970年代以降の人間を対象とした研究では、こうした原因の捉え方も学習性無力感を考えるうえで重視されてきました。日本でも、大芦・青柳・細田が1992年に、解けない課題を経験したあとの成績への影響と、出来事の原因をどう捉えるかとの関係を検討しています。
そのため、日常生活で「やる気がない」「すぐ諦める」という様子だけを見ても、学習性無力感かどうかまではわかりません。その前にどんな経験があり、自分の行動と結果をどのように結びつけているのかまで含めて見る必要があります。
自己効力感や燃え尽きとの違い
学習性無力感と似た場面で使われる言葉に、「自己効力感」や「燃え尽き」があります。
どれも行動する力や意欲に関わりますが、見ているものは同じではありません。
それぞれの違いを整理します。
1. 自己効力感は自分の能力への認識
自己効力感とは、「自分は必要な行動をできそうだ」と感じる感覚を指します。
例えば、「この仕事を最後までやりきれるだろうか」「自分にこの問題を解決できるだろうか」という問いは、自己効力感に関わります。
中心にあるのは、「自分にできるか」という感覚です。
2. 学習性無力感は結果の制御可能性への認識
学習性無力感で中心になるのは、「自分が何をしても結果は変わらない」という感覚です。
「自分にはこの仕事をうまくできる自信がない」と、「どれだけいい仕事をしても評価は変わらない」では、似ているようで見ているものが違います。
前者は自分の能力についての認識です。後者は、自分の行動が結果に影響するかという認識です。
実際の生活では2つが重なり合うため、長く「何をしても変わらない」と感じているうちに、自分の能力への自信まで失っていく流れも考えられます。
3. 燃え尽きは慢性的なストレスとの関係を見る
燃え尽きは、長く続く仕事上のストレスとの関係から理解される概念です。
世界保健機関(WHO)は国際疾病分類第11版(ICD-11)で、燃え尽きを「適切に管理されなかった慢性的な職場ストレス」から生じる職業上の現象として整理しています。
特徴として挙げられているのは、強い疲労や消耗感、仕事から心理的に距離を置く感覚、仕事上の効力感の低下です。
学習性無力感では「自分の行動で結果を変えられない」という経験が中心になります。燃え尽きでは、長く続く仕事上のストレスと消耗が中心です。
どちらも「もう動けない」という姿に見えやすいものの、そこに至る心の仕組みは分けて考えられます。
学習性無力感から抜け出すには
学習性無力感では、「自分が何をしても結果は変わらない」という予測が行動を止めています。
そのため、無理にやる気を出すことよりも、「本当に何をしても変わらないのか」を現実の中で分けていくことが中心になります。
3つの視点から見ていきます。
1. 自分で変えられる範囲を見つける
長く制御できない状況にいると、変えられないものと変えられるものの境目が見えにくくなります。
会社の方針そのものは変えられなくても、仕事の進め方や相談する相手には選択肢が残っているかもしれません。相手がどう反応するかは決められなくても、自分が何を伝えるか、どのくらい距離を取るかは変えられるかもしれません。
反対に、自分がどれだけ努力しても動かないものもあります。
「全部変えられる」「何も変えられない」とひとまとめにするより、どこからどこまで自分の行動が影響するのかを分けると、制御できる範囲が見えやすくなります。
2. 行動と結果がつながる経験を増やす
「自分が動いたら結果が変わった」という経験は、学習性無力感を考えるうえで重要な意味を持ちます。
現在の研究でも、自分の行動によって嫌な状況を止められる、避けられる、変えられると知ることが、その後の反応に影響すると考えられています。
ここでいう結果は、大きな成功だけを指しません。
- 相談したら仕事の量が少し変わった
- やり方を変えたら前より進みやすくなった
- 断ったら予定を1つ減らせた
こうした経験には、「自分が動いても全部同じ」という予測とは違う情報があります。
小さくても、自分の行動とその後に起きた変化が結びついているとわかれば、「何をしても同じ」という見方にも変化が生まれます。
3. 努力では変えられない環境を切り分ける
どれだけ工夫しても、自分の力だけでは変えられない環境もあります。
- 上司が誰の意見も聞かない
- 家庭の中で一方的なルールが決められている
- 結果が本人の努力とは関係なく決まる
こうした環境で努力しても結果が出ないとき、「自分の努力が足りない」という説明だけでは現実を捉えきれません。
人間の学習性無力感を扱った理論では、失敗の原因をどう捉えるかによって、その後の無力感の広がり方が変わると考えられてきました。
自分に変えられる部分と、環境そのものが変わらなければ動かない部分を分ける。学習性無力感は、自分の心だけでなく、自分が置かれてきた環境との関係を見るためにも使える概念です。
「何をしても無駄」の背景にあるもの
この記事では、学習性無力感の意味や生まれる仕組み、日常的な諦めとの違い、現在の研究、自己効力感や燃え尽きとの違いについて解説してきました。
学習性無力感の中心にあるのは、「やる気がない」という表面的な状態ではなく、自分の行動と結果とのつながりを感じられなくなっていることです。
何をしても変わらない経験が続けば、「次も変わらない」と予測しやすくなります。その予測が続けば、状況が変わったあとにも試す前から諦めやすくなります。
一方、現在の研究では、無力感だけではなく「自分の行動によって結果を変えられる」という制御可能性にも目が向けられています。
「何をしても無駄」という感覚の背景には、自分自身への評価だけでは見えてこない、その人が経験してきた環境と行動の積み重ねがあります。学習性無力感は、その関係を読み解くための心理学の言葉です。