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「本当の自分」はどこにいるのか
「もっと自分らしく生きたい」
「本当の自分を知りたい」
そんなふうに思ったことがある人も多いのではないでしょうか。
近年は特に「好きなことで生きよう」「個性を生かして働こう」といった言葉をよく耳にするようになりましたし、教育の場でも、一人ひとりの個性を尊重し、それぞれの個性を生かそうという考え方が広がっています。
以前よりも社会全体に、
- 自分らしさとは何か
- 本当の自分とは何か
- 自分の個性とは何か
という問いが増えているとも言えるでしょう。
では、そもそも「本当の自分」は存在するのでしょうか?
存在するとしたら、どこにいるのでしょうか?
もし本当の自分がどこかにいるのであれば、今私たちが「自分」だと認識している自分は、偽物ということになってしまうのでしょうか?
考え始めると、だんだんわからなくなってきます。
一昔前には「自分探しといえばインド」といったイメージもあり、本当の自分とは今いる場所を離れ、どこか遠くへ探しに行くもののようにも捉えられていました。
けれどユング心理学から人生を眺めてみると、少し違った景色が見えてきます。
本当の自分を知るために、特別な場所へ行く必要はありません。日常生活を送りながらでも、私たちは少しずつ自分を知っていくことができます。
ユング心理学では、この「本当の自分」を知り、自分自身になっていく長いプロセスを「個性化」という考え方から捉えていきます。
ちゃんと生きるほど自分がわからなくなる
私たちは家庭や学校、社会の中で生きながら、「こうすると受け入れられる」「これはしてはいけない」ということを少しずつ学んでいきます。
大人になれば、さらにさまざまな役割を引き受けます。
- 仕事では責任ある人でいる
- 家庭では妻や夫、母や父として振る舞う
- 人間関係では周囲とうまくやっていく
そうやって社会に適応しながら、「これが私」という自分の形をつくっていきます。
ところが、ちゃんと生きてきた人が、ある日ふと立ち止まることがあります。
「私は本当は何がしたいんだろう」
「これは本当に私が望んだ人生なんだろうか」
外から見れば大きな問題はなく、それなりに社会の中で自分の人生を築いている。それなのに、なぜか自分の人生を生きている感じがしない。
ここには、「これが私」という自分をつくることが、同時に「これは私ではない」という自分をつくることでもある、という不思議なパラドックスがあります。
優しい自分を選べば、怒る自分を遠ざけることがある。
堅実に生きれば、冒険したい自分を置いていくこともあるでしょう。
私たちは一つの人生を選びながら、別の可能性をいくつも選ばずに生きています。
けれど、選ばなかった自分まで消えてしまうわけではありません。
その自分と、人生の途中でもう一度出会い直していく。
そこから個性化の物語が始まります。
ユングが「個性化」と呼んだ道
個性化という言葉だけを見ると、平凡ではない個性的で少し奇抜な人になっていくことのように聞こえるかもしれませんが、ユング心理学でいう個性化は、その人がもともと持っている可能性を人生の中で少しずつ実現しながら、自分自身になっていく過程を指します。
自分が意識している「私」だけではなく、まだ自分でも気づいていない部分まで含めて、より全体的な自分へ近づいていくプロセスです。
ユング派では個性化を自己実現の過程として捉え、自我はその全体の一部、自己は意識と無意識を含むより大きな心理的全体として考えます。
では、ここでいう「自分」とは何を指しているのでしょうか。
個性化を理解するうえでは、私たちが普段「自分」だと思っているものと、それよりも大きな「自分全体」を分けて考える必要があります。
ユング心理学では、その違いを「自我」と「自己」という二つの概念から捉えていきます。
1. 自我|意識している私
ユング心理学でいう自我は、意識の中心です。
「私はこういう人間だ」「私はこれが好きだ」と、自分自身について認識している「私」の中心にあるものと考えるとわかりやすいでしょう。
私たちは普段、この自我が認識している範囲を「自分」だと思って生きています。
自分と他人を区別したり、物事を判断したり、何かを選んだりするときにも、この自我が働いています。
ユング心理学では、私たちが意識できている自分は、心全体の一部として捉えられています。
2. 自己|意識を超えた私全体
そこで出てくるのが「自己(Self)」という概念です。
自己は、自分で意識できている部分だけでなく、無意識まで含めた心全体を表します。自我が意識の中心なら、自己はそれを含んだ、より大きな心理的全体です。
つまり、自分で「私はこういう人」と理解している範囲よりも、実際の自分はずっと広いということです。
そこには、自分ではまだ気づいていない感情や願い、表に出してこなかった力、自分にはないと思っていた可能性まで含まれています。
そのため、自分では理由を説明できない感情や違和感が生まれることがあります。
頭では納得しているのに気持ちがついてこなかったり、なぜか特定の人が強く気になったりするのも、その一例です。
自我が知っている「私」と、自分でもまだ知らない「私全体」のあいだにあるものが、人生の中で少しずつ姿を現していきます。
3. 個性化|私全体へ向かう過程
個性化とは、自分で意識している「私」だけを自分のすべてとせず、まだ知らない自分の側面にも少しずつ出会っていく過程です。
私たちの中には、優しさと怒り、安定を求める気持ちと冒険したい気持ち、人を支えたい思いと自分自身が輝きたい願いなど、一見すると矛盾するものが同時に存在しています。
個性化では、そのどちらかだけを「自分らしいもの」として選ぶのではなく、これまで自分から切り離してきた側面にも目を向けながら、自分という存在をより大きく捉えていきます。
そうして、自我が知っている自分と、自己が含んでいるより大きな自分との距離を少しずつ縮めていく。
それが、ユング心理学でいう個性化の中心にある考え方です。
個性化プロセスの全体像
個性化は、大きく見ると、社会の中で一つの「私」が形づくられ、そこから外れた自分と人生の途中で出会い直しながら、より全体的な自分へ向かっていく流れです。
ここでは、その流れを5つの段階に分けて見ていきます。
1. 社会に適応する私ができる
私たちは子どものころから、家庭や学校など周囲との関係の中で、自分なりの生き方を身につけていきます。
何をすれば受け入れられるのか。
どんな自分でいれば愛されるのか。
何をすれば評価されるのか。
そうした経験を重ねながら、社会の中で生きていくための「私」が少しずつ形づくられていきます。
やがて「私はこういう人」という自分なりの輪郭ができ、それをもとに仕事や人間関係を築いていくようになります。
2. 選ばなかった自分が残る
一つの「私」が形づくられると、その輪郭に入らなかった自分も生まれます。
たとえば、
- 怒りを表に出す自分
- 人に頼りたい自分
- 目立ちたい自分
- 安定より冒険を選びたい自分
こうした側面が「自分らしくないもの」として意識から遠ざかっていくことがあります。
それでも、その自分がなくなったわけではありません。
自分では見えにくい場所に残りながら、人生の中で別の形をとって現れてきます。
3. 他人を通して自分が現れる
自分では見えなくなったものは、ときに他人との関係を通して姿を現します。
なぜか強烈に腹が立つ人。
眩しいほど憧れる人。
自分とはまったく違うのに強く惹かれる人。
こうした相手への反応の中に、自分がまだ自分のものとして認識していない部分が映し出されることがあります。
ユング心理学では、こうした現象を考えるうえで「投影」という概念が重要になります。
他人との出来事だと思っていたものが、自分の内側を知る入口にもなっていきます。
4. これまでの自分が揺らぎ始める
それまでうまく機能していた生き方が、ある時からしっくりこなくなることがあります。
頑張っても以前ほど満たされない。
評価されても嬉しくない。
長く続けてきた役割に違和感を覚える。
これまでの「私はこういう人」という自己像だけでは、自分の中に生まれているものを収めきれなくなってくるのです。
そこで初めて、自分だと思ってきた範囲の外側へ目が向き始めます。
5. 切り離した自分を迎え入れる
ここから、自分ではないと思っていたものとの関係が変わっていきます。
たとえば、
- 見たくなかった感情
- 自分にはないと思っていた性質
- 使わずにきた力
- 誰かの中に見ていた可能性
こうしたものを、少しずつ自分の一部として引き受けていきます。
個性化とは、どこか遠くにいる「本当の自分」を探し当てることではありません。
これまで「自分ではない」としてきたものとも出会い直しながら、自分という存在を少しずつ広げていく。
その積み重ねによって、私たちはより全体的な自分へ向かっていきます。
個性化の旅の登場人物たち
個性化の物語には、繰り返し登場する重要な概念があります。
ここでは詳しい説明には入りすぎず、この先の旅に登場する存在として簡単に見ていきます。
1. ペルソナ|社会を生きる私
ペルソナは、社会との関係の中でつくられる「私」です。
たとえば、
- 仕事をしている私
- 母親としての私
- しっかり者の私
- いつも明るい私
私たちは社会の中で、さまざまな役割を持ちながら生きています。
その役割と自分自身が強く重なるほど、「この役割を失ったら私は誰なのだろう」という問いが生まれることがあります。
そこから、ペルソナの奥にいる自分へ目が向き始めます。
2. シャドウ|追いやられた私
シャドウは、「そんな自分は認めたくない」として自分から切り離された部分です。
怒りや嫉妬、弱さ、依存、身勝手さなどがシャドウとして現れることがあります。
一方で、強さや才能、野心、魅力、自由さのようなものまで、「私らしくない」という理由で意識の外へ追いやられることがあります。
シャドウには、自分が嫌ってきた部分だけでなく、まだ自分のものとして生かしていない側面も含まれます。
3. アニマ/アニムス|まだ知らない私
アニマ/アニムスは、個性化と深く関わる無意識の人物像としてユングが論じた概念です。
人に強く惹かれたり、誰かを極端に理想化したりするとき、自分でもまだ十分に知らないものが相手に重なって見えることがあります。
恋愛や強い惹かれ方の中で、自分でも気づいていなかった側面に出会うことがあるのです。
4. セルフ|私全体の中心
この旅の中心にいるのがセルフです。
自我が「自分だと意識している私」なら、セルフはそこからはみ出しているものまで含んだ「私全体」を表します。
個性化では、自分が意識している範囲よりも大きな自分の存在に少しずつ気づき、その全体との関係を深めていきます。
個性化が人間関係を揺さぶる理由
個性化は、人生のさまざまな場面を通して進んでいきますが、中でも人間関係というテーマに個性化の影響は現れやすいと考えられています。
自分のことは意外と自分ではわからないのに、他人のことになると「あの人のここが嫌い」「あの人のようになりたい」と驚くほどはっきり見える感覚は、多くの人が持っているでしょう。
そのため個性化の動きは、人との摩擦やトラブル、強い憧れや恋愛などを通して現れることが多いのです。
では、人間関係の中ではどのように現れるのでしょうか。
1. 強烈に嫌う人が現れる
普通に苦手というだけではなく、なぜかその人だけはどうしても許せない。
たいしたことをされたわけではないのに、言動を見るだけで強く腹が立つ。
そんな相手が現れることがあります。
広い意味での心理学では、自分の内側にあるものを他人の中に見る働きを「投影」と呼びますが、特にユング心理学では、この投影がシャドウやアニマ/アニムスなどの無意識の内容と深く関わるものとして捉えられています。
たとえば、自分がずっと抑えてきた感情を平気で表に出す人や、自分が絶対にしてはいけないと思っていることを堂々とする人に、必要以上に強く反応することがあります。
そこには、自分の中で「これは私ではない」としてきたシャドウが関わっていることがあります。
嫌いな相手への強い反応が、自分でも見えていなかった自分を知る入口になることがあるのです。
2. 強烈に憧れる人が現れる
反対に、誰かに強く憧れることもあります。
「あの人のようになれたら」と思いながら、自分には到底できないことのように感じる。
そんな相手の中にも、自分がまだ自分のものとして認識していない可能性を見ることがあります。
自分から切り離されるのは、弱さや怒りのような嫌な部分だけではありません。
たとえば、
- 才能
- 自由さ
- 華やかさ
- 大胆さ
- 人前に出る力
こうした肯定的な側面まで、「自分にはふさわしくない」「私にはそんな力はない」と遠ざけていることがあります。
後のユング派では、このような肯定的なシャドウを「ゴールデンシャドウ」と呼ぶことがあります。
強烈な憧れの中にも、自分がまだ生かしていないものを知る手がかりが隠れていることがあります。
3. 運命の人に見えてしまう
他者への投影が、さらに強烈な形で現れることがあるのが恋愛です。
出会ったばかりなのに、ずっと前から知っていたような気がする。
相手のことをまだほとんど知らないのに、「この人だけは特別だ」と感じる。
そんな強い惹かれ方の中には、実際の相手だけでは説明しきれないものが重なっていることがあります。
ユング心理学では、ここに投影やアニマ/アニムスという視点が入ってきます。
相手に惹かれることを通して、自分の中にありながら、まだ自分では十分に知っていなかったものに出会うことがあるのです。
恋愛もまた、自分でも知らなかった自分が姿を現す場所の一つになります。
個性化が始まるサイン
では個性化は、人生の中でどのようなタイミングに現れるのでしょうか。
そして、自分の中で個性化のプロセスが進んでいることに気づくヒントはあるのでしょうか。
個性化そのものは生涯を通して続いていきますが、ユング心理学では、人生の後半に入るころからそのテーマが大きく変化していくと考えます。
それまで外の世界に適応し、仕事や家庭、社会の中で「自分」をつくってきた人が、今度は自分の内側へ目を向け始めるからです。
人生に大きな変化や違和感が生まれたとき、それが単なる一時的な不調なのか、個性化の流れと関係しているのかを一つの出来事だけで判断することはできません。
ただ、次のような変化がいくつか重なって現れることがあります。
1. 前の自分に戻れない
以前はできていたことが、なぜか以前のようにはできなくなることがあります。
仕事に打ち込めなくなったり、これまで大切にしてきたものへの興味が薄れたりして、「前の自分に戻りたい」と感じることもあるでしょう。
それでも、以前と同じ目標や生き方に戻ろうとしてもしっくりこない。
そんなときは、これまでの自分だけでは収まりきらないものが内側で動き始めていることがあります。
2. 成功しても満たされない
仕事や家庭を築き、社会の中で自分なりの人生を形にしてきたのに、なぜか以前ほど満たされないことがあります。
外から見れば大きな問題はなくても、「これを手に入れれば幸せになれる」と思っていたものだけでは、自分の人生を支えきれなくなってくるのです。
ユング心理学では、人生の前半では社会への適応や自我の形成が大きな課題となり、後半では自分の内側にあるものを統合していく方向へ重点が移っていくと考えます。
これまで外側に向いていた関心が、少しずつ「私は本当はどう生きたいのか」という内側の問いへ向かい始めます。
3. このままでいいのかと思い始める
個性化の変化は、大きな事件として始まるとは限りません。
生活そのものは変わっていないのに、「このままでいいのだろうか」という問いだけが消えなくなることがあります。
新しい目標をつくったり、忙しく過ごしたりしても、しばらくすると同じ問いが戻ってくる。
それまで自分を動かしていた価値観だけでは、これからの人生を決められなくなってくるのです。
その問いにすぐ答えを出すことよりも、自分の中で何が変わり始めているのかを見ていくことが、個性化という視点では大切になります。
「このままでいいのか」という小さな違和感が、自分でもまだ知らない生き方へ目を向ける入口になることがあります。
個性化の先にある生き方
では個性化が進むと、どのような生き方へ変わっていくのでしょうか。
「本当の自分を探す」という言葉には、その自分を見つけた瞬間から人生が大きく変わり、まったく別の自分になれるような響きも感じられますが、ユング心理学でいう個性化は、自分自身や人生との関係が少しずつ変わっていくプロセスを指しています。
自分が意識している範囲よりも大きな「私」に気づいていくことで、それまで絶対だと思っていた価値観や役割、心の中にある矛盾との付き合い方も変わっていきます。
1. 「こうあるべき」に縛られなくなる
私たちは知らないうちに、たくさんの「こうあるべき」を使って自分の生き方を決めています。
たとえば、
- 良い人でいなければならない
- 失敗してはいけない
- この年齢ならこうあるべき
- 母親ならこうするべき
こうした基準は、社会の中で生きていくうえで自分を支えてくれることもあります。
個性化が進むにつれて、それだけが自分の生き方を決める唯一の基準ではなくなっていきます。
社会の中で役割を果たしながらも、その役割と自分自身を少し分けて考えられるようになる。
「こうしなければならない」から、「私はどうしたいのか」へと、自分の人生を見る視点が少しずつ移っていきます。
2. 矛盾する自分を抱えられる
人の中には、一見すると反対に見える気持ちが同時に存在します。
誰かを支えたい気持ちがありながら、自分が主役になりたいこともある。
安定した生活を大切にしながら、全部を手放して冒険したい気持ちが生まれることもあります。
どちらか一方だけを「本当の私」と決めなくても、両方とも自分の中にあるものとして見られるようになる。
そうすると「私はこういう人」という狭い自己像に、自分を合わせ続ける必要も少なくなっていきます。
矛盾をなくすのではなく、矛盾を抱えたまま一人の人間として生きられる幅が広がっていきます。
3. 自分の人生を引き受けられる
個性化が進むにつれて、自分の人生を誰かが決めた正解だけで測るのではなく、自分自身の人生として見られるようになっていきます。
自分が選んできたことも、選ばなかったことも、得たものも失ったものも、すべてが今の自分につながっています。
自分の中にある好きな部分だけではなく、見たくなかった部分や、思い通りにならなかった人生まで含めて「これが私の人生だ」と向き合っていく。
そこには、自分で選べる自由と同時に、自分の選択を自分で引き受ける感覚も生まれます。
誰かが正解を教えてくれる人生から、自分自身と相談しながら生きる人生へ。
個性化の先にあるのは、完成された「本当の自分」になることよりも、自分という存在とより深く付き合いながら生きていくことなのかもしれません。
「本当の自分」で生きる喜び
「本当の自分」はどこにいるのか。
この記事の最初に、そんな問いを立てました。
もしかすると私たちは、日常生活の中ですでに何度も「本当の自分」のかけらに出会いながら、それに気づいていないだけなのかもしれません。
私たちは成長する中で社会に適応し、「私はこういう人」という自分の輪郭をつくって生きていきます。
そして人生のどこかで「これが本当に私なのだろうか」という問いが生まれたとき、それまで自分ではないとしてきた感情や性質、可能性と出会い直す個性化のプロセスが大きく動き始めます。
その中では、見たくなかった自分に出会うこともあれば、自分にはないと思っていた強さや才能を見つけることもあります。
そうした自分を少しずつ迎え入れながら、意識と無意識を含んだより大きな自己(セルフ)へ近づいていくのが個性化です。
自分が「私だ」と思っている姿と、実際の自分とのずれが小さくなるほど、生き方にも少しずつ無理がなくなっていきます。
誰かに求められた自分だけでもなく、自分を押し殺した生き方でもない。
「これが私だ」と感じられる自分で、自分の人生を選んでいけるようになることが、個性化の喜びといえるでしょう。