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HOME > COLUMNTOP > ライフスタイル > 楽しく生きるとは?「感情」ではなく「感覚」で満たす人生のつくり方
2025.07.21

楽しく生きるとは?「感情」ではなく「感覚」で満たす人生のつくり方

もっと楽しく生きたい…!

今そんな気持ちが大きくなっているなら、おそらく今、毎日のどこかに“空白”を感じているのではないでしょうか。

仕事がつまらないわけじゃない。
人間関係にトラブルがあるわけでもない。
けれど、なんとなく「これがずっと続くのか」と思うと、心がしぼんでしまう。

「楽しく生きたい」という願いはポジティブなようでいて、
実はそこには、“今が楽しくない”という感覚が静かに潜んでいます。

この記事では、「どうすれば人生を楽しく生きられるのか?」という問いに対して、
表面的な行動リストや気分転換のヒントではなく、
楽しさそのものの“構造”を問い直す視点からお話ししていきます。

Contents

  • 「楽しく生きる」とは、一瞬一瞬の“感覚”を積み重ねていくこと
  • 楽しさを感じにくくなる“構造”に気づく
    • 楽しさを「成果」や「意味」と結びつけている
    • 人と比べることで、自分の楽しさがかすんでしまう
    • 「楽しくなければ意味がない」という前提が苦しめる
  • 外側の刺激は補助輪──本当に育てたいのは“感覚を受け取るセンサー”
    • 最初は小さな刺激でも満足できる
    • 「感じられる自分」がいなければ、どんな刺激も虚しくなる
  • 「楽しいと感じる感覚」を取り戻すための日常の工夫
    • 五感を意識する時間を持つ
    • 「ちょっと好き」「なんかいいな」を大切にする
  • まとめ|「楽しく生きる」とは、“楽しさを感じられる私”に戻ること
      • 📝次に読みたいオススメ記事

「楽しく生きる」とは、一瞬一瞬の“感覚”を積み重ねていくこと

人生がつまらないんです…

そう言って相談に来られる方の多くは、まず最初に「楽しいことを見つけたい」とおっしゃいます。

趣味を始めたり、推し活をしてみたり、旅行やイベントに出かけたり──
いわゆる“楽しい出来事”や“楽しい時間”を探そうとされるのです。


そして実際、それをしている間は、きっと楽しいでしょう。

けれど問題は、その時間が終わったあとです。


ふとひとりになった瞬間に、静かに襲ってくるつまらなさ。


あんなに楽しいことをしたはずなのに、心に何も残っていない

そうした虚しさが積み重なると、人はだんだん“楽しさそのもの”を信じられなくなっていきます。

私はこの現象を見ながら、はっきりと感じていることがあります。

楽しさというのは、出来事の種類や時間の長さではなく、
一瞬一瞬の“感覚”の積み重ねなのだということ。

もっと正確に言うならば、楽しさとは「楽しい出来事」という事象ではなく、
「気持ちがいい」「なんだか心地いい」と感じる、ごく小さな体感の連なりなのだと思うのです。

だからこそ、「楽しく生きる」というのは、
“楽しい出来事を集めていくこと”ではなく、
“楽しいと感じられる感覚の自分を育てていくこと”。

この感覚がひとたび鈍ってしまうと、
どれだけ予定を詰めても、どれだけ刺激の強いことをしても、
なぜか「つまらない」という感覚だけが心に残ってしまうのです。

 

楽しさを感じにくくなる“構造”に気づく

では、なぜ「楽しく生きたい」と願っているのに、
その感覚がうまく育たなかったり、心を満たしてくれなかったりするのでしょうか。

楽しいことをしているはずなのに、なぜかつまらない


そんな矛盾した感覚には、じつは明確な“構造”があります。

ここでは、楽しさを感じにくくなってしまう3つの代表的な背景を取り上げます。
この構造を知ることが、自分の中のセンサーを再起動させるきっかけになるはずです。

 

楽しさを「成果」や「意味」と結びつけている

せっかくやるなら、何かに役立つことを。

この経験は、将来のキャリアや目標にどうつながるのか?

楽しいだけじゃ、時間の無駄かもしれない。

そんなふうに、“成果”や“意味”をつけないと落ち着かない感覚。


実はこの状態こそが、楽しさの感覚をどんどん鈍らせる原因のひとつです。

私たちは、子どものころは何の意味もない遊びに夢中になれました。


枝を拾って棒にして、落ち葉でごはんを作って、ただ走り回る。

それだけで十分に楽しかったはずです。

でも大人になるにつれて、
「どうせやるなら何かに役立つように」「それって意味あるの?」
という“評価軸”が、楽しさの中に入り込んでくる。

すると、無目的で心地いいことほど、後ろめたくなるのです。

たとえば──
絵を描いてみたい、ダンスをしてみたいと思っても、
「どうせ下手だし」「仕事にも活かせないし」と、始める前に自分で消してしまう。

でも本当は、楽しさというのは“意味がなくても感じていい”ものです。


役に立たないからこそ自由で、意味がないからこそ純粋なのです。

この“成果との結びつき”をいったん外してみることが、
楽しさをもう一度、体の内側から思い出す第一歩になります。

 

人と比べることで、自分の楽しさがかすんでしまう

SNSを開けば、誰かが海外旅行に行っていて、
誰かが推し活で全力で泣いていて、
誰かが友人とわいわい週末を楽しんでいる。

みんな、あんなに楽しそうなのに──自分は……?

そんなふうに感じてしまったことが、一度でもある人は少なくないはずです。

他人の楽しそうな瞬間を見れば見るほど、
自分が味わっていたはずの楽しさが、なぜか色あせて見えてくる。

それは、楽しさが“相対評価”になってしまっている状態です。

同じ出来事でも、
「誰かより楽しそう」「誰かより刺激的」と思えないと、満たされない。


これは、知らず知らずのうちに「自分の感覚」ではなく「他人の基準」で楽しさを測っている証拠です。

でも本来、楽しさというのは、“他人より”で測るものではありません。


むしろ、“自分の内側のセンサー”にどれだけ細やかに反応できているかがすべて。

楽しさを比較する癖がつくと、
本当に感じたいはずの「小さな好き」「なんとなく嬉しい」が見えにくくなります。

他人の光がまぶしすぎて、自分の灯りが見えなくなる。


そのときこそ、いったんスマホを閉じて、
「今、この瞬間、自分の体に起きている感覚は何だろう?」と問い直してみることが、
楽しさの“本来の座標”を取り戻すヒントになります。

 

「楽しくなければ意味がない」という前提が苦しめる

意外かもしれませんが、
「常に楽しくありたい」と思う気持ちそのものが、
楽しさを感じにくくしてしまうことがあります。

どうせやるなら、楽しくなきゃ

楽しくないなら、やる意味がない

楽しくなれない自分は、どこかおかしいんじゃないか

こうした“ポジティブ強迫”ともいえる思考が強くなると、
ほんの少しでもテンションが落ちたときに、
「楽しめていない自分」を責めてしまう構造になります。

でも、楽しさは常にテンションMAXである必要はありません。


笑い転げていなくてもいい。
涙が出るほど感動していなくてもいい。

それよりも大切なのは、
「ふっ」と心が緩んだ瞬間を、ちゃんとキャッチできているかどうかです。

  • カフェで飲んだコーヒーの香りに、思わず深呼吸したとき
  • 布団に入ったときの、あのふわっとした安堵感
  • 空を見上げて「今日、青いな」と思えた一瞬

そういう瞬間を、「楽しい」と感じることに遠慮しない。


「たったそれだけのことで、楽しんでいいんだ」と思える心の余白。

それこそが、楽しく生きる力を取り戻す入り口になります。

 

外側の刺激は補助輪──本当に育てたいのは“感覚を受け取るセンサー”

もっと楽しく生きたい

そう思ったとき、
多くの人がまず最初に手を伸ばすのが「新しい刺激」です。

  • 予定を増やし、イベントを入れ、旅に出る
  • 
新しい趣味を始め、推しを見つけて、好きなもので日々を埋めていく。


たしかに、それは大事なこと。
自分の世界を広げてくれるし、一時的に心が躍るのも確かです。

でも問題は、それが唯一の手段になってしまうことです。

“楽しい”を感じるには、外側から何かを補給しないといけない。
“刺激”がなければ、何も感じられない。


そんな状態が日常化してしまうと、
人生全体が「供給されないと満たされない体質」になっていきます。

そしてそのうち、どんな刺激にも反応できなくなっていく。
楽しさの回路が、鈍く、鈍く、麻痺していくのです。

 

最初は小さな刺激でも満足できる

新しいことを始めたときは、小さな変化でも十分に心が動きます。

  • 近所のカフェに行ってみる
  • 初めての道を歩いてみる
  • 好きな香りの入浴剤を使ってみる

最初は、ほんの些細なことでも「新しい」「楽しい」と思えたはずなのに、
それに慣れてくると、少しずつ刺激が物足りなくなっていく。

やがて、「もっと非日常を」「もっと強い体験を」と、
刺激の“強度”を上げる方向へと走ってしまうのです。

これはまるで、薬の効き目に慣れていく構造とよく似ています。
最初は微量でも効いたものが、だんだん効かなくなっていく。
気づけば「もっと、もっと」と求め続けなければならなくなっている。

それはつまり、「感覚」が育っていないまま、刺激だけが増えていく状態です。

 

「感じられる自分」がいなければ、どんな刺激も虚しくなる

そして最終的に訪れるのが、
どれだけ楽しいことをしていても、心が動かないという状態です。

  • 推しのライブに行っても、なぜか涙が出ない
  • 久しぶりの旅行なのに、どこか上の空
  • 楽しいはずの時間の中で、ふと「帰りたい」と思ってしまう

こうした状態は、刺激が足りないのではなく、
受け取る側の「感覚のセンサー」が鈍っているだけなのです。

つまり、必要なのはさらに強い刺激ではなく──
“感じられる自分”を取り戻すこと。

どんな出来事が起こるかよりも、
その出来事をどう感じ取れるかのほうが、人生の質を決めていく。

外側を足し算していくのではなく、
内側の「感じる力」を静かに育てていく。
それが、“補助輪なしで人生を味わえる力”につながっていくのです。

「楽しいと感じる感覚」を取り戻すための日常の工夫

では、失われたように感じる“楽しさのセンサー”を、どうすれば取り戻せるのでしょうか。

そのために必要なのは、特別な技術や劇的な行動ではありません。


むしろ、日常の中に潜んでいる「小さな快」を丁寧に拾っていくことこそが、
感覚の回復を静かに支えてくれる大切なプロセスになります。

「大きな楽しさ」を追い求めるのではなく、
「微細な心地よさ」に気づける自分を、少しずつ取り戻していく。
そのための具体的なヒントを紹介します。

 

五感を意識する時間を持つ

視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚。
この5つの感覚器官は、私たちの心と身体を「今ここ」に結びつけてくれるアンテナのようなものです。

日々の忙しさやスマホ、頭の中の思考に支配されていると、
この五感のアンテナは鈍っていきます。
その結果、「何が気持ちいいか」「何が自分にとって心地よいのか」がわからなくなってしまう。

だからこそ、五感を“もう一度起動させる時間”を意識的に作ることが大切です。

視覚:見ていて安心できる色・模様・風景を意識して選ぶ(カーテン、食器、待ち受け画面など、生活の中に好きな色を散りばめる)

聴覚:BGMを“空間の質感”として使う(自分の呼吸や足音を聞いてみるのも、小さなセンサーのトレーニング)

嗅覚:香りの好みを掘り起こしてみる(香水・お香・シャンプー・洗剤など、意識して変えてみる)

味覚:流し込まずに、ひと口ずつ味わう(温度や舌ざわり、食感の変化に気づくだけで、感覚は研ぎ澄まされていく)

触覚:手触りのよいものに日常的に触れる(洋服・タオル・寝具・椅子など「気持ちよさ」で選ぶと日常が整う)

これらはすべて、「何かを新しく始める」必要はありません。
すでにあるものの“触れ方”を変えるだけで、
「あ、これ気持ちいいかも」という回路が少しずつ回復していきます。

五感は、最も身近な“今ここ”の導き手。


この五感をていねいに扱うことは、楽しさを感じる力を育てるリハビリそのものなのです。

 

「ちょっと好き」「なんかいいな」を大切にする

「楽しいことがない」と感じているとき、
私たちはどこかで「最高の楽しさ」を求めてしまいがちです。

  • 思わず飛び上がるような嬉しさ
  • 涙が出るような感動
  • 忘れられない非日常の体験

でも、そういう“100点満点の楽しさ”ばかりを求めていると、
日常にある「小さな好き」が見えなくなってしまいます。

楽しさを回復するために必要なのは、
「ちょっといいかも」「なんとなく心が動いた」その一瞬を、スルーしないこと。

  • 本屋で手に取った表紙に惹かれた
  • バス停の影がきれいだった
  • コーヒーの香りでふと気がゆるんだ
  • 布団に入った瞬間、体がふわっとほぐれた

それらを、「ただの気のせい」で終わらせず、
「今、ちょっと気持ちよかったな」「心が反応したな」と、ちゃんと味わいきること。

“最高”じゃなくていい。“ちょっと”でいい。


この“ちょっと”をたくさん集めていくことが、
やがて人生のなかに“ちゃんと楽しい”という実感を育てていきます。

そしてこの「ちょっと好き」は、他人にわかってもらわなくていいし、
SNSで共有しなくてもいい。
あなただけが知っていればいい、あなただけの楽しい感覚なのです。

 

まとめ|「楽しく生きる」とは、“楽しさを感じられる私”に戻ること

「楽しく生きる」と聞くと、
多くの人が“何か新しいことを始めなければ”と考えがちです。

  • 予定を増やす
  • 趣味を見つける
  • 旅に出る
  • 目標を持つ
  • 仲間を作る

もちろん、それらが“楽しさのきっかけ”になることはあります。
でも、それがどれほど豊かでも、外側だけで人生が満たされることはありません。

本当に必要なのは、
“楽しさを感じられる私”に戻ること。

どれだけ素敵な出来事があっても、
感覚のセンサーが働いていなければ、ただ通り過ぎてしまうだけ。

だからこそ、
「楽しく生きる」とは、
外の出来事を変えることではなく、内側の感覚を起動しなおすことなのです。

楽しいとは、
感情を高めることでも、テンションを上げることでもありません。

  • コーヒーの香りがふっと心に染みたとき
  • 洗い立てのタオルが肌に気持ちよかったとき
  • 風の音に思わず耳をすませたとき
  • 好きな人の声に、少しだけ安心したとき

そんな一瞬の感覚に、ちゃんと気づけるかどうか。
その小さな“気づき”を丁寧に拾える人こそが、
人生を“楽しく生きる力”を持っているのだと思います。

楽しさは、
どこか特別な場所にあるものではなく、
すでに「今ここ」に、小さく、静かに、存在している。

それを受け取るセンサーをもう一度取り戻せたとき、
人生は、無理に明るくならなくても、
派手に変化しなくても──

静かに、でも確かに、“楽しく”なっていく。

「何をするか」よりも、
「どう感じられる自分でいるか」を、そっと見つめ直してみる。

それが、“人生を楽しくする”という願いへの、
もっとも確かで、もっともやさしい入口になるのではないでしょうか。

📝次に読みたいオススメ記事

①「今を楽しむ」とは?──その背景と、“今ここ”にいられる心のあり方
②充実した生活とは?|外側と内側から考える“満たされた人生”のつくり方

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