仕事をしていても、友達といても、家族と過ごしていても、なんだか本当の自分でいられていない気がする。
そもそも、本当の自分ってどんな自分なんだろう。
そんな疑念が浮かぶと、せっかくの豊かな時間も、どこか味気なく感じられたり、「この人生は本当に自分の人生なんだろうか」と思ってしまったりすることがありますよね。
人生がなんだか灰色に見えたり、自分自身から少し離れた場所で、他人の人生を眺めているような気分になったりする人もいるかもしれません。
この記事では、本当の自分がわからなくなってしまうプロセスと、本来の自分を取り戻すために必要なことについて解説していきます。
Contents
本当の自分とは何か
本当の自分とは、自分が生まれ持った気質や感覚、本音・価値観・意志が無理なく発揮されている状態のことです。
その状態は、誰かに合わせるための役割や、トラウマからの防衛反応に飲み込まれていないときに現れてきます。
人は社会で生きていく中で、周りに合わせたり、期待に応えたり、傷つかないように自分を守ったりしながら、少しずついろいろな役割を身につけていきます。
ただ、その役割と自分自身が混ざりすぎると、
- 本当はどうしたいのか
- 何を大切にしたいのか
- どんな人生を選びたいのか
“自分自身の輪郭”が見えにくくなってしまいます。
とはいえ、私たちは小さな子供ではありませんから、社会的な役割を全部脱ぎ捨てるというのも現実的ではありません。
大人になった私たちが本当の自分で在るためには、今までこなしてきた役割や、経験や葛藤も含めて統合しながら、自分の感覚・本音・価値観・意志を見失わずに生きていくことが必要でしょう。
人が本来の自分から離れていく外側のプロセス
ではここから、人が本来の自分から離れていくプロセスについて、5段階で解説します。
私たちが「今の自分は、本来の自分ではない気がする」と感じる時、そこには必ず比較対象があります。
つまり、どこかで
- 本来の自分でいられた感覚
- もっと自然体でいられた記憶
があるということです。
人は、比較対象がまったくない状態で「今の私は自分ではない」とは感じにくいものです。
本来の自分でいられた記憶や感覚は、多くの場合、幼少期の体験に根を持っていることがあります。
では、そこから私たちは、どのようなプロセスを経て本来の自分から離れていってしまうのでしょうか。
まずは、その過程を紐解いてみましょう。
この流れを知ることで、本来の自分に戻るために何が必要なのかも見えやすくなります。
1. 環境に適応する
まず私たちは、生まれた環境に適応しようとします。
多くの子どもにとって、最初の環境とは家庭を指すことが多いでしょう。
ただし、ここでいう環境は家庭だけではありません。
- 保育園
- 小学校
- 部活
- 地域
- 友人関係
自分が「ここに所属している」と感じる場所すべてが環境になります。
人は、その環境の中で生きるために、自然と適応していきます。
たとえば、にこやかにしていた方が喜ばれる環境もあれば、頑張った方が愛される環境もあります。
反対に、感情を出さない方が褒められる環境や、空気を読んで静かにしている方が安全だと感じる環境もあるでしょう。
どのような環境で育ったかは人によって違いますが、自分が生まれ落ちた環境に適応しようとすることは、多くの人にとって最初の生存戦略になります。
2. 役割を身につける
次に、私たちは所属している環境の中で、なんらかの役割を身につけていきます。
これは、社会的な役割やペルソナを身につけていくということでもあります。
ペルソナというと、どこか「偽物の自分」のように感じるかもしれませんが、人が成長していく過程で役割を身につけること自体は、とても自然なことです。
むしろ、社会の中で生きていくためには必要な発達ともいえるでしょう。
たとえば、家庭や学校、職場の中で身につける役割には、このようなものがあります。
- しっかり者の自分
- 明るく振る舞う自分
- 迷惑をかけない自分
- 空気を読む自分
- 期待に応える自分
役割を身につけていくことは、スポーツで自分のポジションを決めることにも似ています。
バレーボールであれば、アタッカー、レシーバー、セッターなど、それぞれの役割があります。
同じように、私たちも自分が所属する環境の中で、「ここなら自分は居場所を得られる」「この役割なら受け入れてもらえる」というポジションを探していきます。
そして、その役割をこなすことで、環境の中に居場所を作っていくのです。
3. 正解で自分を守る
さらに、環境への適応を強めるために、私たちは「正解」で自分を守るようになります。
ここでいう正解とは、絶対的な正しさのことではありません。
その国、その地域、その時代、その家庭、その学校、その職場、そのコミュニティの中で「こうするのが正しい」とされているもののことです。
たとえば、あるコミュニティでは元気で明るいことが正解とされるかもしれません。
けれど、別のコミュニティでは、静かで控えめなことが正解とされることもあります。
ある場所では自分の意見を言う人が評価され、別の場所では空気を読む人が評価されることもあるでしょう。
このように、正解は国や時代、文化、所属する集団によって変わります。
私たちは、自分が所属している場所の正解に自分を合わせることで、そのコミュニティ内での存在価値やポジションを守ろうとします。
「こうしていれば怒られない」
「こう振る舞えば受け入れてもらえる」
「こうしていれば居場所を失わずに済む」
そうやって正解に自分を当てはめていくうちに、自分の感覚よりも、その場の正解を優先する癖がついていくのです。
4. 本音や違和感を切り離す
環境に適応し、役割を身につけ、正解で自分を守るようになると、次に起きるのが本音や違和感の切り離しです。
- 本当は嫌だった
- 本当はこうしたかった
- 本当は苦しかった
- 本当は納得していなかった
けれど、その本音や違和感を強く感じてしまうと、今いる環境との間に摩擦が生まれます。
「ここにいたいなら、この違和感は感じない方がいい」
「この関係を壊したくないなら、本音は出さない方がいい」
「所属している場所から離れるくらいなら、自分の感覚を見ない方が楽だ」
そうして私たちは、コミュニティから離れる代わりに、自分の本音や違和感から離れていきます。
本来なら、自分を守るために必要だった感覚を、所属を守るために奥へ押し込めてしまうのです。
5. 役割に同一化する
そして最終的に、私たちはその環境の中で獲得した役割に、自分自身を同一化していきます。
ここでいう社会とは、必ずしも大きな社会のことだけではありません。
ある人にとっては家庭が社会であり、ある人にとっては職場が社会であり、ある人にとっては趣味のサークルや友人関係がひとつの世界であることもあります。
その世界の中で身につけた役割を、いつの間にか「これが私だ」と思い込むようになるのです。
たとえば、会社で管理職まで上がった人が、定年退職後に大きな喪失感を抱くことがニュースで取り上げられることもあります。
それまで「部長」「専務」「責任者」といった役割の中で自分を保っていた場合、その役割がなくなった時に、自分が何者なのかわからなくなってしまうことがあるのです。
本来の自分から離れていく時、人は環境に適応し、役割を身につけ、正解で自分を守り、本音や違和感を切り離し、最後にはその役割を自分そのものだと思い込むようになります。
こうして、自分でも気づかないうちに、本来の自分の輪郭が少しずつ見えにくくなっていくのです。
本当の自分が見えなくなる内側の仕組み
ここまで、私たちが生まれてから社会や世界という外側に適応していく中で、本来の自分から離れていく流れについて、5段階でご紹介しました。
では、その時、心の内側では何が起こっているのでしょうか。
ここでは、本当の自分が見えなくなる内側の仕組みについて、3つに分けて見ていきましょう。
1. 自分ではないものが重なる
まず一つ目に、私たちは外側の社会や世界に適応していく過程で、自分ではないものを少しずつ重ねていきます。
ペルソナ、つまり社会的な仮面という言葉があるように、人はその場に合わせて、自分の上に一枚、自分ではないものを装着することがあります。
これは、たとえば次のようなイメージです。
- 仮面をつける
- 服を着る
- メイクをする
- 役を演じる
- その場に合うキャラクターをまとう
この時点では、必ずしも悪いことが起きているわけではありません。
むしろ、社会的な役割やペルソナは、人が社会の中で生きていくために必要なものでもあります。
社会的な役割をまったく持たず、むき出しの自分のまま世界と関わるというのは、たとえるなら、すっぴんで、服も着ずに、部屋の外へ出ていくようなものです。
それはさすがに少し危ないですし、現実的でもありません。
だから、最初に自分ではないものが重なること自体は、問題ではありません。
問題は、その重なったものと本来の自分との境界が、少しずつ曖昧になっていくことです。
2. 自分ではないものが混ざり合う
本当の自分がわからなくなり始めるのは、この二段階目からです。
もともとは、本来の自分がいて、その上に仮面や服やメイクのようなものを装着しているだけでした。
つまり、自分と、自分に重ねたものは別々だったはずです。
けれど、その状態が長く続くと、少しずつ本来の自分と、自分ではないものが混ざり合っていきます。
たとえば、ずっとメイクをしたまま過ごしていて、何年もその顔で人と関わってきた結果、いつの間にかそのメイクをした顔が自分の素顔のように感じられてくる。
もちろん、実際にメイクが素顔と混ざるわけではありませんが、心の中ではそれに近いことが起こります。
- 本来の自分の感覚と、役割として身につけた反応
- 自分の本音と、周りから期待された答え
- 自分の価値観と、その環境で正解とされてきた価値観
そういったものが混ざり合っていくと
「これは本当に自分の気持ちなのか」
「それとも求められてきた役割なのか」
がわかりにくくなっていきます。
その結果、すっぴんの顔を忘れてしまうように、本来の自分の感覚がぼやけていくのです。
3. 自分ではないものにすり替わる
そして最終的に、自分の内側の中心が、自分ではないものにすり替わっていきます。
もともとは、自分ではないものを仮面やメイクのように装着していただけでした。
けれど、それがいつの間にか本来の自分と混ざり合い、何が自分で、何が自分ではないのかがわからなくなっていきます。
さらにその状態が続くと、自分ではないものが、自分の中心に居座るようになります。
- 本来は自分の価値観ではなかったものが、自分の価値観のように感じられる
- 本来はその環境で生き延びるために身につけた役割だったものが、「これが私だ」と感じられる
- 本来は傷つかないための防衛反応だったものが、自分の性格そのもののように思えてくる
そうして、本来の自分はどこか隅の方に追いやられ、自分ではないものが中心に立ってしまうのです。
ここまで来ると
「自分がわからない」
「私は一体、誰の人生を生きているんだろう」
といった感覚が強くなりやすくなります。
自分の人生を生きているはずなのに、どこか他人の人生をなぞっているような感覚になることもあるでしょう。
本当の自分が見えなくなる時、心の中ではこのように、自分ではないものが重なり、混ざり合い、最後にはすり替わっていきます。
本来の自分を取り戻すために必要なこと
では、本来の自分がわからなくなっている時、どのようにすればその感覚を取り戻していけるのでしょうか。
ここまでご紹介してきたように、私たちは外側の社会や世界に適応する中で、少しずつ本来の自分から離れていきます。
その時に起きていることは、大きく分けると2つあります。
ひとつは、自分の輪郭が曖昧になっていくこと。
もうひとつは、自分ではない役割や価値観、思い込みを身につけすぎてしまうことです。
つまり、本来の自分を取り戻していくためには、この逆の方向からアプローチする必要があります。
ひとつは、自分の感覚や本音、価値観、意志を取り戻し、自分の輪郭を強くしていくこと。
もうひとつは、これまで身につけてきたものの中から、今の自分にはもう必要ないものを見直し、手放していくことです。
この2つの方向から、本来の自分を少しずつ取り戻していきましょう。
1. 自分の輪郭を強くする
まず一つ目の方向性は、自分の輪郭を強くしていくことです。
そもそも「自分」とは、何でできているのでしょうか。
身体的な意味での「自分」はわかりやすいでしょう。
私たちは一人にひとつ身体を持っているので、「ここからここまでが自分の身体だ」という感覚は持ちやすいです。
けれど、精神的な意味での自分は、身体のように目で見ることができません。
だからこそ、本当の自分がわからない、自分のことがわからない、という感覚が生まれやすくなります。
精神的な意味での自分は、たとえば次のような要素でできています。
- 何が心地いいか、何が苦しいかという感覚
- 本当はどうしたいのかという本音
- 何を大切にしたいのかという価値観
- 何を選びたいのかという意志
- どんな時に自分らしいと感じるかという実感
こうした要素が曖昧になると、自分の輪郭もぼやけていきます。
反対に、自分の感覚や本音、価値観、意志を少しずつ取り戻していくと
「私はこう感じている」
「私はこれを大切にしたい」
「私はこっちを選びたい」
という自分の輪郭が見えやすくなります。
自分の輪郭を強くするとは、強い人間になることではありません。
誰かに押し勝つことでも、自分の意見を何が何でも通すことでもありません。
自分の内側にある感覚や本音を、他人の期待やその場の正解にかき消されないように、丁寧に聞き取れるようになることです。
まずは小さな場面で、「私は本当はどう感じているのか」「本当はどうしたいのか」と自分に問いかけてみましょう。
その積み重ねが、本来の自分の輪郭を少しずつ強くしていきます。
2. 自分ではないものを手放す
もう一つの方向性は、自分ではないものを手放していくことです。
ここでいう自分ではないものとは、社会や世界に適応する中で身につけてきた役割、ルール、価値観、思い込み、防衛反応などを指します。
もちろん、それらをすべて捨てればいいわけではありません。
私たちは社会の中で生きている大人ですから、周りの人と協調して過ごすために必要な役割やルールもあります。
ただ、幼い頃や過去の環境で身につけたものの中には、今の自分にはもう必要ないものもあります。
たとえば、体育会系の厳しい環境で育った人が
- 限界を迎えてからが本当のスタート
- 弱音を吐くのは甘え
といった価値観を強く持っていたとします。
その価値観は、当時の環境に適応するためには必要だったのかもしれません。
けれど、大人になった今もそのルールを持ち続けていると、休むことができなかったり、人に頼れなかったり、自分を追い込みすぎてしまったりすることがあります。
このように、かつては自分を守るために必要だったものでも、今の自分にとっては苦しさの原因になっていることがあります。
本来の自分を取り戻すためには、これまで身につけてきたものを大人になった自分の目で見直すことが大切です。
今の自分にとって必要なものは残す。
もう必要ないものは手放す。
これからの自分を心地よく生きるために、役割や思い込みをひとつずつ仕分けしていきます。
自分ではないものを手放すとは、過去の自分を否定することではありません。
その時の自分が生きるために身につけたものに感謝しながら、今の自分にはもう合わなくなったものを、少しずつ外していくことです。
本当の自分は「昔の自分」ではなく統合された自分
この記事では、人がどのようなプロセスで本来の自分から離れていくのか、その背景と、本当の自分を取り戻すために必要なことについて解説してきました。
人によっては、「本当の自分」と聞くと、いろんなしがらみができる前の自分や、まだ傷ついていなかった頃のピュアな自分を思い浮かべるかもしれません。
けれど、本当の自分とは、何も経験していない無傷の自分に戻ることではありません。
つまり、本当の自分とは、過去に戻った自分ではなく、これまでの役割や経験、葛藤や傷つきさえも含めて、今の自分として統合された姿です。
もし今、「本当の自分がわからない」と感じているなら、どこか別の場所に本当の自分を探しに行く必要はありません。
これまで生きてきた自分を否定せず、切り離してきた感覚や本音を少しずつ回収しながら、今の自分としてもう一度人生を選び直していく。
そのプロセスの中で、私たちは少しずつ、本来の自分に出会っていくでしょう。