自己対話の学校 INNER DIALOGUE SCHOOL

GRADUATE INTERVIEW家族

何でも母に決められていた私が、「自分の夢」を持てるようになるまで。

自分で決められなかった頃

物心ついた頃から、母との関係にはずっと息苦しさを感じていました。

学生時代の塾や高校の受験先、上京するときの下宿先まで母が決めることが多く、何をするにも、どこへ行くにも自由がないように感じていました。

携帯を持つようになってからは毎日のように電話やLINEが届き、友達と出かけている間に、不在着信が100件ほど入っていたこともあります。

大学だけはなんとか自分で選ぶことができましたが、それまで長い間「自分のことを自分で決める」という感覚をほとんど持てず、母に反発しながらも、その影響から離れられない状態が続いていました。

当時の私にとって、「自分は何をしたいのか」「これからどんな人生を送りたいのか」と考えること自体、どこか自分とは関係のない話だったように思います。

ここで学び始めてからも、すぐに母との関係が変わったわけではありません。

それでも、自分が何を感じているのか、本当はどうしたいのかを少しずつ見ていくようになりました。

母との関係が変わり始めて

学び始めて1年ほど経った頃、それまで毎日のように来ていた母からのLINEが、突然1週間ほど来なくなりました。

しばらくして届いたのは、「今度いつ帰ってくる?」という用件だけの短い連絡。

それまでなら一度連絡が始まると1日、2日とやり取りが続くことも多かったので、あまりの違いに驚いたのを覚えています。

ただ、その頃の私はまだ母に対する怖さが残っていたので、「何があったんだろう」と思いながらも、特にこちらから理由を聞くことはありませんでした。

その後、アルバイト先の人間関係に悩み、体調を崩してしまったことがあったのですが、なぜかふと母に相談してみようと思ったんです。

それまで何かを相談すると、まず私に問題があるという前提で意見を言われることが多かったのですが、そのとき母から返ってきたのは、

「無理しなくていいんだよ」

という言葉でした。

さらに、「支配も縛りもないんだから、自由に生きていいんだよ」と言われて。

正直、「それをお母さんが言うの…?!」と驚きましたが、その言葉を聞いたことで、それまで私の中にあった母への怖さや身構える気持ちも少しずつ薄れていったように思います。

「自分の夢」を持てるようになって

母との関係だけではなく、自分自身についても大きく変わったことがあります。

それは、「自分はこれから何をしたいんだろう」と考えられるようになったことです。

以前の私は、何でも母に決められてきたこともあって、夢ややりたいことを持つなんて、自分とは関係のない世界の話だと思っていました。

そんな私が大学生の頃、友人が使っていたカメラに興味を持つようになりました。

本格的なカメラはとても高く、最初はとても手が出せないと思っていたのですが、友人が定価50万円ほどのカメラとレンズを、思いがけない価格で譲ってくれることになりました。

そこから、大好きなディズニーをはじめ、自然の風景や街並み、人を撮ることがどんどん楽しくなっていきました。

もっと本格的に学びたいと思うようになり、今は撮影スタジオでアルバイトをしながら経験を積んでいます。

将来はカメラマンになりたい。

そして、いつか自分の個展も開いてみたい。

以前の私には、「自分にはこんな未来があったらいい」と考えること自体がありませんでした。

だから今、自分の意思でやりたいことを見つけ、その先の未来まで思い描けるようになったことが、とても嬉しいです。

誰かに決めてもらう人生ではなく、「私はどうしたい?」と自分に問いながら、自分の人生を選んでいく。

今は、そんなふうに未来を考えています。